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アーティストボイス

趙静 ロングインタビュー Zhao Jing

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―― さて、そろそろトッパンホールでのシリーズの話にうつりたいのですが。まずホールについてはどんな印象を持ってますか?

立派すぎて困ってます(笑)。室内楽には丁度いい大きさだし、木のせいかなぁ、何だか船みたいな感じもして、落ち着くホールですね。とっても気持ちがいい。それにあの音響可変装置、すごく気に入りました。本番に入るお客さまの数を見込んでリハの時に音を調整できるなんて、素晴らしい。それに好きな音がつくれる。ホールの音そのものももちろん、とっても気に入ってます。東京に素晴らしい室内楽のホールが出来て嬉しいです。

―― 3回シリーズをやりたい、とオファーがあったときはどう思いました?

やりたい曲がたくさんありすぎて、5回だったらいいなぁ、と思った(笑)!リサイタル、コンチェルト、室内楽の3回になってますけど、リサイタルだけじゃなくて、室内楽ができるのは本当に嬉しい。室内楽は大好きだし、室内楽から学んだこともすごく多いと思っています。とにかく本当にいいホールだし、そこで弾くのはプレッシャーがあります。お客さんも自分も納得できるようなコンサートをしないとダメです、3回とも。

―― プログラムについてお話くださいますか?

1回めはベートーヴェンから始めます。何かベートーヴェンから始めるっていうと「ああ、ベートーヴェンか…」って重〜い気分になっちゃいそうですけど、1番とヴァリエーションは、ベートーヴェンの強さと若さが出ていて、暗くない。でも若いときの作品なのにすごくよく出来てる。そしてショスタコーヴィチのソナタ。これは重い。一音一音背負っているものがあるし、楽章ひとつひとつのキャラクターも全部違っててすごい作品です。それからハンガリアンダンス。最後は明るく、皆んなもよく知っていそうな曲でしめようと思って。

―― 2回めはどうでしょう。ハイドンとショスタコーヴィチというちょっと性格が異なる協奏曲を並べましたね。

ショスタコーヴィチは、ブルネロがマーラー・チェンバー・オーケストラと弾いたことがあって、チェンバーオケと弾くと素晴らしいって聞いていたので、ぜひ一度やってみたかったんです。なので、とても楽しみにしてるんです。だって普通は大きいホールで大きい編成のオーケストラで演奏するでしょ?それだとチェロは聴こえない(笑)。

―― あれだけオケの音が厚いとつらいですよね。朗々と歌う曲でもないし。…ハイドンは?

ハイドンのコンチェルト!これが6歳の時にラジオでヨー・ヨー・マで聴いた曲です。チェロをもっともっと好きになった曲。大好きな曲だし、大事な曲です。

―― そして3回めの室内楽は、……春までのお楽しみということですね。

はい(笑)。

―― 新しくゲリンガス先生について、いちばん大きな変化は?

う〜ん、ゲリンガスについてから忙しい。練習しないとすぐばれちゃうし(笑)。

―― 叱られるの?

そう、ゲリンガスは“あ、練習してないな”って思った瞬間に顔がバンって変わるの(笑)!すごく怖い顔。ブルネロはニコニコ顔は別に変わらないんだけど、ニコニコしながら「これじゃダメじゃない」って言うのがこれが怖いの。ファウストはね、怒らない。堀先生は…怖いですよ。怖い部分はものすごく怖いの。いつもはすごく優しいんですけど。ゲリンガスは生徒の心理がものすごくわかってる先生なんです。生徒が本当に悩んでて、どうやったら弾けるのか困ってたら、お父さんみたいに気づいてくれるし、いくらでも一緒に悩んでくれる。本番前に携帯でメールを送ったらすぐに返信してくれるし。でもそれが怖いほうに出ることもある。

―― 例えば?

コンサートですっごく上手く弾けた翌日なんかにレッスンがあるとすると、弾いた本人は昨日は上手く弾けて良かったって、まだ気分を引きずったままレッスンにいっちゃう。ところがそういう甘い心理をちゃんと見抜いてて厳しい眼で「さて、今日は何をやるの?」って。“昨日は昨日でしょ”って。

―― ところで将来はどんなアーティストになりたいですか?

自分がとにかく納得できて、しかもお客さまの心に残るような音楽をいつも演奏できるようになりたい。誰かが私の音楽を聴いて、上手いなぁって言ってくれても嬉しくない。本当に心に残りましたって、そう言われたいです。まだ時間はかかるかも知れないけれど、そういう演奏家になりたいですね。人生を賭けてできるかどうか、自分にもわからないことですけどね。

―― 頑張ってくださいね。そうそう、4月に日中友好30周年の記念公演で都響と北京でコンチェルトを弾いて故郷に錦を飾ってきたでしょう。どうでしたか?

家に戻っちゃうと何もしたくなくなっちゃうから、ずっとホテルで練習してました。自分の国で弾くのは夢だったので、初めて弾けて実現できたのがすごく嬉しかった。いい経験になりました。父と母にも聴いてもらえたんですけど、彼らはちゃんとしたコンサートを聴くのは初めてだったと思います。
中国はね、いい加減なところがたくさんある。でも楽しい国。人間が明るくてオープンだし、いい加減だから人が人生を楽しむ、というようなところがあると思います。イタリアと似ているかも知れないな。ブルネロもそう言ってた(笑)。でもそういう国は仕事はしづらいですよね。日本はチェロをさらっていればよくて、他は何も心配しなくていいけれど、スペインやイタリアに行ったら、次の日の予定とか移動の方法だとかいちいち事務所まで行って聞かなくちゃならない。その点日本はちゃんとしてます。

―― では最後に、お客さまにメッセージをいただけますか。

コンサートでは、私は私のすべてを出して臨みますので、お客さまには心を開いてそれを受け取って欲しいと思います。弾き手と聴き手の交流ってすごく大事だと思うんです。聴きにきてくださった方が、はい、彼女は舞台の上の人、私たちは客席の人って思ってしまったらこんなさびしいことないです。よく交流できているときは、すごくいいエネルギーが満ちる。トッパンホールでの3回は、そういうコンサートが目標です。

(2002年7月26日/ビクター青山スタジオにて)
趙静(チョウ・チン)
北京で生まれる。5歳よりチェロを始め、宋濤に師事。1996年、東京音楽大学付属高校に留学生特別奨学生として入学。在学中より日本の主要オーケストラと共演し、いずれも大好評を博す。99年、アバドのオーディションでドヴォルジャークのチェロ協奏曲を絶賛され、2000年1月には、ムーティ指揮ミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団のソリストに抜擢され大成功を収めた。そのほかチョン・ミュンフン、ロストロポーヴィチ、小澤征爾らからもその卓越した音楽性を認められ、国際的にも逸材としての評価が高まりつつある。ベルリン・カラヤン・アカデミーを卒業し、現在ベルリンのハンス・アイスラー音楽院に在籍。堀了介、ゲオルク・ファウスト、マリオ・ブルネロ、ダヴィッド・ゲリンガスの各氏に師事。8月21日に美しい小品を集めたセカンドアルバム「涙」(ビクターエンタテインメント)がリリースされたばかり。
趙静
恩師からのメッセージ
堀 了介 氏
 趙静のおおらかな性格と、その適応力、吸収力、好奇心の旺盛さは、日本に滞在していた約6年間に、日常生活だけでなく、演奏にもはっきり表れるようになってきました。それが、彼女独自の世界として作られつつあります。演奏家にとって、人との出会いは大切で、趙静にも、これからはチェロを教わるだけでなく、人との繋がりを広げていくことを大切にしてほしいと思います。また、これからも真剣に勉強に励むことで、演奏の幅を更に広げ、チェリストとしての道を大きく開いてほしいと願っています。(談)
マリオ・ブルネロ 氏
 趙静は、自分にどれだけのチェロの才能があるかを知っていて、その通りの才能を秘めた人間です。楽器との対話、人との関係を築くといったコミュニケーション能力に優れていますし、中国の広大な大地を思い起こさせるような性格と、その一方で好奇心に溢れた一面を持っています。それが演奏にもそのまま表れているのが、彼女の魅力でしょう。これからも、安易な道に流されることなく、「正しい時に、正しい道を選ぶ」判断力をもち、自分のキャリアを一層広げてゆける演奏家になってほしいと思っています。(談)