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アーティストボイス

園田高弘

園田高弘 インタビュー

 Sonoda Takahiro
 聞き手=西巻正史(トッパンホール 企画制作部長)
 写真=藤本史昭
今シーズンのラインナップは「古典に還る」「原点に還る」というテーマを持っています。それは、混沌とした世情のなか、もう一度足元を見つめ直したい、またクラシカルな趣きのホールの空間を活かしたい、というふたつの意図を反映しています。
〈園田高弘 ベートーヴェン ツィクルス〉は、それを象徴するシリーズ。長年の活動のなかで常にベートーヴェンと向き合い今なお探求心を深めてやまない巨匠(マエストロ)に、ベートーヴェンへの想いを語ってもらいました。
―― 今日は、園田さんが何故そんなにベートーヴェンに惹かれるのか、ベートーヴェンの魅力ってなんなのか、というところからお話いただきたいと思います。

そうですね。バッハが原点だという人もあるけれど、僕はいろんな音楽をやってきてみて、ベートーヴェンはいつになっても音楽家として対決して一番難しい存在だと思うんですよ。学生時代からいろんな音楽を勉強してきていてね。日本にいた頃は、ブゾーニの高弟だったロシア系のレオ・シロタについて勉強をしていたし、その後はフランスへ行ってフランス音楽の洗礼を受けました。ロシアとフランスではテクニックから音楽のつくり方まで全然違うし、本場の空気のなかで印象派の絵画を見たりしてカルチャーショックを受けて、ドビュッシーやラヴェルといったフランス音楽に心酔した時代もありました。その後ドイツへ行って、バッハやシューマンも勉強していくなかで、段々に、ピアニストとしてベートーヴェンと対決すべきだなっていう気持ちになったわけです。本場でシンフォニーやワーグナーなんかを聴くなかで、初めてドイツ音楽というのが日本人にとって非常に難しい音楽だと認識してね。パリでバックハウスの全曲演奏やケンプの演奏を目の当たりにしていたということも影響していたとは思うけれど。そういう過程を経て、ベートーヴェンに行き着いたわけで、最初からベートーヴェンばっかりやっていたわけじゃない(笑)。

―― 日本では園田高弘というとドイツ音楽というイメージを抱きがちですが、最初は違ったということですね。

演奏のテクニックとしてもね、いろんなものが全部混在しているわけです。ロシアの奏法、フランスの奏法、ドイツの奏法ね。そういうなかから、「日本人である」ということが前面に出て、最大のテーマになってくる。その頃全盛期だったギーゼキングの演奏っていうのを聴いて、彼はアルザスというドイツに近いフランスの出身でね。彼もふたつの国が混在している弾き方だった。それに感銘を受けて、自分も日本人の技法というものを確立していかなくてはいけないと思った。

―― そのご自身の語法で描く対象がドイツ音楽、ベートーヴェンへとたどり着くわけですね。

男性ピアニストとしてベートーヴェンのソナタを全曲演奏するということも、ひとつの壮大なロマンだし夢でしたね。1970年前後に最初の全曲演奏会とレコーディングをして、さらに諸井誠さんとの対談を本にまとめたり…と当時も持論はあったけれども、今思えばまだやっと入口に到達した、という時期だったんだと思います。それ以降に自分のなかで切磋琢磨が始まって、振り返れば録音も3回もしているけれども、まだ到達していないというか。未だに発見があるし、わからないところもたくさんある。ドイツにいた時「お前たち日本人にはドイツ音楽、特にベートーヴェンは一番わからない音楽だろう」といわれてカッとなって怒ったことがあったんだけれども、確かにそうだろうね。やっぱり、最も遠い存在なのかも知れない。でも遠いから理想なのかも知れない。

―― 今もって「遠い」と思わせる存在なんですか。

だんだんだんだん、遠くなる気もしますよ。学校卒業したくらいの頃なんか、理想なんて手を伸ばせばすぐ届くみたいに思ってたわけだ。鼻っ柱が強くて。ところがやればやるほど相手が遠くなる。目標がね。そして段々に「何故こう書いたんだろう」ということがわかってくる。音楽に対する洞察力とか理解力・想像力が年と共に出てくる音楽がベートーヴェンだと思うね。バッハは適切な曲を選べば、バッハに聴こえるようにできるんだけどね、ベートーヴェンはなかなか…。近頃、コンクールなんかで若い人を聴くチャンスがいっぱいあるんだけれども、古典では何よりベートーヴェンが一番難しい。音の数は決まりきって、主和音と属和音と進行もわかって簡単なパターンなんだけど、その奥に何があるかっていうのがいつも問題になるんじゃないかと思う。まぁ、だから今回はピアノソナタ、ヴァイオリンソナタ、チェロソナタといった室内楽も含めて総合的にアプローチしますけどね。できることならシンフォニーだって振りたいって思うことがないわけじゃない(笑)。

―― 今回の構成についてはずいぶんいろいろと意見交換をさせていただき大変勉強させていただきましたが、プログラムについての考え方をお話しいただけますか。

いろいろな組み立て方が可能でこれまでいろいろ試みてきたけれど、今回リサイタルを3回やることになったので、ソナタだけでなく変奏曲も織り交ぜながらの構成にしようと思ったんです。というのはベートーヴェンほど、ひとつの主題からどんどん変容させていける作曲家っていうのはめずらしいと思うんですよ。即興の名人でもあったし。

―― 変奏曲は、ベートーヴェンが最も偉大な成果を残した領域でもありますし、是非プログラムに入れていただきいと思っていました。今回のように年代順に構成した場合、第1夜を何で終えるかというのが、凄く問題になると思っていたのですが…。エロイカ変奏曲だと見事に決まりますね。

エロイカは名作ですよ。葬送ソナタをどうして入れたかっていうと、あれは唯一ショパンが好きだったんですってね。自分で演奏もしたし弟子にも教えていたらしい。だから、自分の作品(「葬送ソナタ」)にあのパターンを使ってるんですよね。そういう曰くがある作品ということもあって、入れたかったんです。

―― 第2夜はものの見事に名前のついた作品が並びましたよね。で、3夜の最後のところに作品111とディアベリを並べて、あとは何がくるのかと思っていたら、幻想曲。これには脱帽しました。これはすごくベートーヴェンらしい秘曲ですね。

中期の名作はあまりにも多いんですよね。いろんな分野の名作があるでしょう。本当に全部ちゃんとやろうと思ったら、そこだけで3晩くらいやらなくちゃならない(笑)。 あの幻想曲、ベートーヴェンは即興の名人だったことを彷彿させる始まりじゃないですか。突如としてレオノーレの出だしみたいなのが出てきたりね。はぁ、と思いますよ。ベートーヴェンはある種の韜晦(とうかい)主義というか、人をはぐらかしたり煙に巻いたりするところがありますね。

―― ところで、トッパンホールについてはいかがお感じでしょうか。

演奏してみて思ったのは、大きさも手頃だし、何より音響的にアットホームなんですよね。残響も多すぎず少なすぎずで。大きなホールだと、野球場で叫んでみるような負担がかかってくるんですよね。音楽のメーキャップもそれなりに派手にしなきゃならなかったり(笑)。 もちろんそれなりの喜びはあるんだけれども、無理をしなくても親密に聴かれるという点も合わせて、音響的に素晴らしいホールだと思っています。

(2002年9月25日/東京・目黒 園田邸にて)