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アーティストボイス

ヴァディム・サハロフ

ヴァディム・サハロフ インタビュー

 Vadim sakharov
 聞き手=山田明子(トッパンホール 企画制作部)
 写真=藤本史昭
ソ連に生まれ育ち、社会主義体制のもと演奏活動を制約された経験を持つピアニスト、ヴァディム・サハロフ。その彼がこの3月、スターリン政権下で不遇の時代を送ったプロコフィエフの没後50年の命日に、オール・プロコフィエフ・プログラムで故郷の作曲家への強い思いを奏でる。
プロコフィエフの命日は、奇しくもスターリンの命日と同日―。来日中の彼に、今回のプログラムについて尋ねた。
ギドン・クレーメル、ヨーヨー・マといった、世界的ソリストたちからパートナーに指名されるピアニスト、ヴァディム・サハロフ。久保田巧とは98年以来デュオを組んでいる。今回、このデュオが選んだプログラムはすべてプロコフィエフの作品だ。コンサートを行う2003年3月5日はプロコフィエフが亡くなって50年目の命日にあたる。

プロコフィエフの晩年期に生まれたサハロフにとって、この作曲家はどんな存在なのだろう。「実はプロコフィエフとスターリンは同じ1953年3月5日に亡くなっているんです。まだ6、7歳だった幼い私にとっては、その日を境に、大人たちの中に不安が満ちあふれていったことのほうが強く印象に残っています」。そして、彼自身も親交があり、当時ロシアで活躍していたギレリス、オイストラフやリヒテルといった演奏家たちについてはこう語る。「プロコフィエフやショスタコーヴィチが彼らに捧げた作品を演奏しているのを聴き、とても感銘を受けました。彼らの音楽の中には、ロシアの民族性や特質、政治的な影響など様々なものが交じり合っているのです。モスクワにいると、この2人の作曲家の存在感は、生前以上にその強さを増しているように感じます」。

また、15年間の外国生活から政府の厳しい体制下におかれている祖国に戻ったプロコフィエフの姿を、サハロフはこう見る。「スターリンの要請があり祖国に戻ったのは事実ですが、彼自身も帰国を切望していたのだと思います。作品にもそれは表れていて、今回演奏するヴァイオリン・ソナタ第1番はロシア的な感覚が随所に散りばめられています。しかし、実際、戻ってからの作曲活動、演奏活動は限られていました。決して彼自身が望んでいたとおりに活動できたわけではありませんし、もっと表現したいものがあったはずです。厳しい体制下で、音楽家としての才能を大いに狭められてしまった可能性が強いと考えられています。奇しくも、その2人が同年同日に亡くなり、その後、ロシアの芸術家の活動が目覚しく変化していったという事実は、多くのロシアの演奏家にとって、因縁めいた、大変印象深いことなのです」。

歴史に残る2人の命日に日本で演奏会を行うことにした経緯を尋ねた。「 今回のプログラムは、デュオを組む私たち2人の好きな作曲家でもあるプロコフィエフに、敬意を捧げるために演奏しようということで決めました。とても特別な、意味のある日なのです。そういったときに、それにふさわしいプログラムを演奏することは大切なことだと思います」。力強く語るサハロフのこの言葉を聞き、私たちがコンサートに立ち会い、プロコフィエフの作品を聴くことの意味が一層増した。3月5日、サハロフと久保田から私たちはどんなメッセージを受け取るのだろう。そしてまた、私たちが返せるものは何だろうか。「貴重な時間を逃すな」−そんな声が聞こえてくる。

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