トップページ > アーカイヴ > インタビュー > Vol4. ヴァディム・サハロフ&久保田巧 インタビュー(2/2)

アーティストボイス

久保田巧

久保田巧 インタビュー

 Kubota Takumi
 聞き手=山田明子(トッパンホール 企画制作部)
 写真=藤本史昭
久保田巧が語る、ヴァディム・サハロフ

 サハロフの素晴らしいところは、演奏が表面的に変わっても、作品の中で大切なリズムや音など柱となる部分は外さないところにあります。その部分に私も共感でき、一緒に演奏できるのです。根底には、彼が育ったロシアにおけるエリート教育の、西洋音楽に対する厳格な基礎が敷かれていると思いますし、その基礎の上に、底知れない深さや計り知れないスリリングさが生まれているのでしょう。
またサハロフの演奏は、たったひとつの音で作品のすべてを決めてしまう凄さがあり、基本のレベルがそれだけ高いという証拠ですが、同時にパートナーの音楽をよく理解しています。独立した個性を認めた上で相手のしたいことをはかりながら、ひとつの音楽を作り上げているのです。常に音楽を白紙に戻し体験しながら作っていくので、毎回演奏がかなり違います。
ですから、私たちのデュオも、本番のステージでお互いに仕掛けあいながら演奏し、その都度、違った演奏をお客様には聴いていただいているかと思います。頭の中でいろいろ考えながら演奏が同時に進行しているのですから、仕掛けあいながら演奏するには、相手の力量や音楽的な緊張感の持続などが見渡せていないと冒険できません。ある意味、演奏家も役者のようなものだと思うことがあります。

以前、水戸室内管弦楽団にロシア人指揮者・バルシャイが来て、ショスタコーヴィチの室内交響曲を指揮したのですが、そのとき感じた深みや沈んでいくような重さは、サハロフがプロコフィエフの作品に求めるものと似ているように感じます。プロコフィエフの洗練されたメロディの対極には凄まじい泥臭さを感じますし、ドイツ音楽には絶対ありえない曲の作り方だと思います。譜面上ではきれいなメロディであっても、実は皮肉な場面がたくさん散りばめられていて「きれいに弾いてはだめだ。神経を逆なでするように」とサハロフに指摘されることもあります。言われて初めて「なるほど」と思います。

今回のプログラムは、それぞれのソロを1曲ずつ入れ、作曲家の若い頃と晩年の頃の作品に分けました。サルカズムとソナタ第1番は作曲時期が比較的近く、またソナタ第2番と無伴奏ソナタは晩年近くに作られ、サハロフも語っていたプロコフィエフの作風の変遷もお伝えできると思います。

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