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アーティストボイス

体感する喜びが表現する側にあってこそ、心をうつ音楽を、聴き手と共有できるのだと思います
写真 インタビュー

瀬崎明日香 インタビュー

 Asuka Sezaki
 聞き手=トッパンホール
 撮影=藤本史昭
エスポワール第5弾アーティスト、そしてシリーズ初のヴァイオリニスト。新星・瀬楓セ日香がシリーズスタートを前に語る、音楽、ヴァイオリン、これまでとこれから。
―― ヴァイオリンを始めたきっかけは?

 幼い頃、母がいろいろな音楽を聞かせてくれた中で、一番好きだったのがモーツァルトのヴァイオリン協奏曲で、自分もいつかヴァイオリンをやってみたいなと思っていました。小学校に入る前に父の転勤で千葉に引越したのを機にヴァイオリンを習い始めました。
 週1回、同じものを習っている友だちと会えることが嬉しかったですし、合奏したり、歩きながら弾いたり、体を動かすことから始めたので、とても楽しい思い出ばかりです。小学校の終わりぐらいに、なんとなくヴァイオリニストになれたらいいなと思うようになっていました。
 中学生の頃に一時思い悩んだこともありましたが、ヴァイオリンをやめたいと思ったことはないです。やることが尽きないんです。この楽器とクラシック音楽そのものが、人間の生み出した文化のなかにあって尊いものなんだと日々感じていますので、少しでも精進してやるしかないと思っています。

―― 日本音楽コンクールで優勝されたのは、もう11年前です。

 コンクールは、優勝する前年にも受けました。その時は入選でしたが、実は初めてソナタに挑戦したんです。それまでは先生の「大人にならないと、ソナタは弾いても意味がない」という言葉に従って弾かずにいたのですが、少し早くチャンスがきたと思いました。その時はブラームスのソナタ第1番を選びましたが、本当に時間が足りなくて…。ただ、ソナタをピアニストとつくりあげる充実感がより特別なものに感じ、その経験が、留学してから室内楽を極めてらっしゃる先生のもとで勉強するきっかけになったと思います。

―― これまで田中千香士さん、景山誠治さん、堀正文さん、パスキエさん、カントロフさんなど、いろいろな先生に師事されていますね。

 田中先生からは、感性に敏感になることを教わりました。楽譜の構築や構成を考える前に、「ヴァイオリニストは小品が弾ける人が一番かっこいいから」と多くの小品を弾かせてもらいました。
 その後、景山先生からは楽譜を読む大切さを教わりました。それまで、音楽を感じたままに弾いていたところを矯正していただき、楽譜を考えて読むことによって、演奏をより納得させる力になることを学びました。
 堀先生は、まず先生の音を初めて聞いたときの美しさ、品の高さに驚いたことを覚えています。シンプルなほど美しいというか、無駄なものを削ぎ落とした音、すがすがしい美しさともいうのでしょうか。オーケストラと演奏する時には何が大切なのか、あともう一歩超えれば何か新しいものがみえるといった事をひと言で教えてくださる先生でした。「常に一歩下がって自分を観察しなさい」と言われたのを覚えています。
 留学中は、パスキエ先生のもとで勉強しました。彼は音楽一家に生まれ、小さい頃から室内楽を家族で組んで演奏していた人で、兄弟の末っ子なんですが、一番上手かったので、上の兄弟たちがみんな楽器をやめてしまったというくらい神童だったそうです。いろいろな音楽の体験をしてきた人で、自分の個性をうちだして音楽の喜びを表現する、独特のチャーミングさを持っている人です。その明るさに加え、とても艶のある音を持つヴァイオリニストだと思います。人を惹きこむ力を持ちながら、レッスンの時には、いろいろなご自身の経験をもとに話してくださいました。“心をうつ演奏”というのは、演奏家自身の中に体感する喜びがない限り表現できない、それがなければ聴き手と音楽を共有するのは難しいことなんだと、いろいろな先生たちの取り組みを見て感じました。
 カントロフ先生は幼い頃から憧れていたヴァイオリニストです。本当に感覚が研ぎ澄まされていて、開放感や爽快感といった自由奔放さに満ち、緩急が鋭い演奏にいつも鳥肌が立ちました。でも実際会ってみたら、フランス人にしてはびっくりするくらい普段の格好におしゃれに気をつかわない人で、全てが自然体でした。パリ郊外にお宅があり、レッスンでお邪魔した時に驚いたのが地下室の壁全面の楽譜でした。それもヴァイオリンの楽譜ではなく、スコアで埋めつくされていたんです。レッスンではすごく理論派でしたね。“自由”というのは全てコントロールされてできるものだと感じました。力が一切入ってないような脱力感さえコントロールしながら、聴いている人の心をうつ演奏というのは、必ず理論に基づき、それに裏づけされて成り立つものだと分かりました。ヴァイオリンを弾いているだけではいけない。いろいろなものに興味を持たないといけないんだと改めて感じました。

―― 今回、トッパンホールのエスポワールシリーズに声をかけさせていただきました。  このシリーズに自分が選ばれたら、すごいやりがいがあるだろうなと憧れていましたので、とても幸せに感じています。

 これからは、マンネリ化しない活動をしていくことが大切だと思っています。私たちの世代は、容易に世界中を見渡させる恵まれた環境に育ってきました。だからこそいっそう、表現者としての信念が問われる時代になるのかな、と。そういったことも考え、日本での再スタートとなる今回の公演では、ヴァイオリニストとして無くてはならない存在だったイザイの作品をとりあげることに決めました。

―― すごい挑戦です。イザイのソナタ全曲を一晩でやるコンサートは、日本ではまだ少ないですね。

 私が学んできた先生の周りには、挑戦心があり、自分に厳しい人が多かったと思います。特に多くの女性ヴァイオリニストたちが、このイザイのソナタに取り組んでいました。私は15歳での初リサイタルでパガニーニのカプリースを演奏し、それからあっという間に時間が経って、今が自分にとって大事な節目だと思っています。

―― 全部で3回のシリーズです。イザイの後は、どんなことをやりたいですか?

 これまで私が体験してきたもの、いただいてきたもの、人生すべてにおいての喜びを、3つの形にできるようなプログラムを考えられたらいいな、と思っています。
 第2回には、ソナタで真っ向からぶつかって、何が起こるかわからないようなピアニストと共演してみたいですね。ホールからは、ロジェ・ムラロさんをご紹介いただいています。そんな方と一緒に演奏できるチャンスがあるとは思いもしませんでしたから、頑張りたいと思います。最終回は、今まだいろいろ考えているところです。

―― ヴァイオリニストとしての夢は、何でしょう。

 難しい質問です。ヴァイオリンを弾くことは、私にとって特別であると同時に、生活から切り離せないものです。音楽を通して出会う人たちからいただいているものが、私の一生の財産ですので、ヴァイオリンは大切なパートナーです。それから、楽器の裏側にあるのは人間の存在。作品を作った人、歴史のなかでそれを演奏してきた人、それを育ててきた聴衆や会場、といった人を通した心の会話、つまりそういった真理そのものが存在してきたおかげで今の私がいると思っています。

―― ホールの空気、聴衆、響きなど、特徴を知り尽くした上で、このシリーズに臨んでいただけたらと思います。

 最新の科学的に計算された現代という時間とクラシック音楽の持つ歴史を振り返るという時間が、不思議なバランスでマッチしている空間だと思います。これまで演奏だけでなく、他の方の演奏を聴きにも来ていますが、企画に思いがこめられているだけに、お客さまも音楽が本当に好きな方、通な方が来るホールだと思います。1人でも来れるような、落ち着きを感じますね。

―― 最後に、3月の公演は向けて、お客さまへメッセージをお願いします。

 大切なことは、イザイという人が作曲家である前にヴァイオリニストだったということです。それぞれのソナタは、イザイの思いが深かったヴァイオリニストに捧げられていますので、単に一人の作曲家の作品を集めたオール・プログラムとは意味合いの違う、たくさんの魅力が6つの作品に散りばめられた曲目です。
 それを私が演奏すると、イザイと作品を捧げられたヴァイオリニストと、そして私の、少なくとも3人のヴァイオリニストがその場に存在することになります。この3人の思いが、6曲それぞれにこめられた演奏会になると思います。ヴァイオリンの魅力にとりつかれたヴァイオリニストたちの人生が、作品を通して語られる時間を、お客さまにも一緒に体感してもらいたい。“こんな世界もあったんだ”と感じていただける、新しい世界が見えてくるようなコンサートに出来ればいいなと思いながら、取り組みたいと思います。

〈トッパンホール エスポワールシリーズ 5〉
瀬楓セ日香 Vol.1 ―無伴奏
2006年3月16日(木) 19:00
瀬楓セ日香(ヴァイオリン)
イザイ: 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 全曲
  第1番 ト短調 Op.27-1
  第2番 イ短調 Op.27-2
  第3番 ニ短調 Op.27-3 「バラード」
  第4番 ホ短調 Op.27-4
  第5番 ト長調 Op.27-5
  第6番 ホ長調 Op.27-6
■一般 4,000円 / 学生 2,000円