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希代の伝道師に託す、新たなる《冬の旅》「詩」の深奥に秘められた荒涼たる世界を描きだす
写真 インタビュー

マーク・パドモア インタビュー

 Mark Padmore
 聞き手=トッパンホール
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 バッハの受難曲では、エヴァンゲリスト(福音史家)役を多く演じてきましたが、それは、歌で物語を「語る」ことに喜びを感じるからです。今回のリサイタルで歌う《冬の旅》も、ミュラーが描き出した詩の世界を「語る」ことに、とても興味をひかれます。

 私が好きな劇作家のサミュエル・ベケットは、《冬の旅》を大変愛していたそうで、彼の戯曲と《冬の旅》には同じ雰囲気を感じます。たとえば、主人公以外誰もいない荒涼とした世界を想像してみてください。彼は、最後に辻音楽師に出会うまで、カラスや吼える犬は別として、「人間」とは出会わず、そうした状況に脅かされ、怒り、時に郷愁に浸りながら、ひたすら当ての無い旅を続けます。同じくシューベルトによって附曲された《美しき水車屋の娘》では、たくさんの人物が登場しますが、《冬の旅》で描かれるのは、荒涼とした風景ばかり。そうした点が、ベケットの世界を彷彿とさせます。

 最近では、バリトンやバスの歌手が歌うことも多い《冬の旅》ですが、本来はテノールをイメージして作曲されています。たとえば第14曲「白髪」では、霜によって髪が白くなったことで、主人公は「自分の老い=死」が近づいていることに幸福を感じるのですが、霜が溶けて再び黒く戻る、つまり若いままでいることに気付き、落胆を覚えます。このように、主人公が「未だ若い状態にある」ことが重要な意味を持つこの作品においては、若さを表現できるテノールが声質として合っています。そういう意味で、トッパンホールがテノール歌手の私にこの作品を提案してくれたのは、嬉しいことでした。

 歌曲を歌うには、共演するピアニストの存在も大切です。今年12月に《冬の旅》を録音する際には、ブレンデルの弟子であるポール・ルイスとの共演を予定していますが、今回のリサイタルで共演するイモージェン・クーパーも、ブレンデル門下のピアニスト。たいへん繊細な感性と、優れた知性の持ち主で、音のパレットやレパートリーも豊富です。ルイスやクーパー、そして同じくブレンデルの弟子であるティル・フェルナーもそうですが、彼らはシューベルトのピアノ曲全体、特に最晩年のピアノ・ソナタへの造詣が深く、歌曲のピアノパートについて、経験に裏打ちされた深い理解をもたらしてくれる点が刺激的ですね。

 日本には、1982年以来、ヒリアード・アンサンブルやレザール・フロリサン、コレギアム・ヴォカーレ、エイジ・オブ・エンライトメントなどの古楽アンサンブルと何度も訪れています。素晴らしいホールがたくさんあり、来日のたびに興奮しています。歌曲のリサイタルには、質の高いピアノや空間が求められるだけでなく、聴き手にも緊張感が要求されますが、日本のお客さまはいつも素晴らしい姿勢で歌い手を迎えてくれます。CDのリリースを通じ、リート歌手として私の名を覚えてくださる方が増えていると聞いていますし、この秋トッパンホールで《冬の旅》を皆さまにお聴きいただけるのを、心から楽しみにしています。
〈歌曲(リート)の森〉〜詩と音楽 Gedichte und Musik〜 第1篇
マーク・パドモア
2008年10月9日(木) 19:00
マーク・パドモア(テノール) / イモージェン・クーパー(ピアノ)
シューベルト: 《冬の旅》 D911
おやすみ/風見鶏/凍った涙/凍てつく野/菩提樹/あふれ流れる水/河の上で/振り返り/
鬼火/休み/春の夢/孤独/郵便馬車/白髪/カラス/最後の希み/村で/嵐の朝/惑わし/
道しるべ/宿屋/勇気/幻の太陽/辻音楽師
■一般 6,500円 / 学生 3,500円