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アーティストボイス

心に語りかける無垢の音楽
インタビュー

ダニエル・ホープ インタビュー

 Daniel Hope
 聞き手=トッパンホール
ダニエル・ホープ
── ホープさんに登場していただくのは4回目です。

トッパンホールのお客さまの前でまた演奏できることに心から感謝しています。これまでの演奏も忘れがたい思い出となっていますが、今回、私にとって特別なプログラムを聴いていただけることはさらに大きな喜びです。

── コンサートやCD制作において、テーマ性・メッセージ性があるあなたのプログラムは秀逸で本当に魅力的です。日本ではそういったコンサートが決して多くはないのですが、あるテーマに沿ったプログラム構成の演奏会をいつ頃から考えるようになったのですか?

子どもの頃から関心があった「歴史」がキーワードになるかもしれません。10年ほど前、ある偶然からさらに歴史への関心がとても強くなり、その頃に〈テレージエンシュタット(※)・プロジェクト〉に着手したのです。第2次世界大戦中にユダヤ人作曲家であるとか、社会主義的であるといった理由で、頽廃音楽のレッテルを貼られてしまった作品、関連する音楽を発見し、そこに命を吹き込み、蘇らせたいと考えるようになりました。そうしなければそれらの音楽は完全に忘れ去られてしまいます。「禁じられた」事実以上に、「忘れられて」しまうことの意味に重みを感じ、私はそれらを目覚めさせ、蘇らせたかった。その作品を書いた作曲家たちが生き延びられなかったとしても。

── ではその、あなたにとって特別なプログラムである「禁じられた音楽」について詳しくお聞かせください。

場所や時代、スタイルも異なりながら「抑圧されていた」という共通点をもつ、一見すると同じ括りで組み合わされることがない作品によって構成されているという点で、今回のプログラムは独特であり、とてもエキサイティングだと考えます。

コンサートは喜びにみちた、若さあふれるメンデルスゾーンの曲でスタートします。この作品は後年になって改めてその素晴らしさが注目されるようになりました。曲の美しさからは想像しづらいですが、メンデルスゾーンは反ユダヤ主義により抑圧され続けた最初の作曲家で、このプログラムにおいてひときわ重要な意味を持ちます。2曲目は20世紀のメンデルスゾーンとも言えるシュルホフのソナタ。聴いた印象が対照的な、この2つのソナタからプログラムを展開させていきます。メシアン《世の終わりのための四重奏曲》の終楽章に見られる厳粛な世界へと向かうかと思いきや、その重々しい流れにただ従うのではなく、ストラヴィンスキーのアイロニーたっぷりの作品が登場します。そのあとには前半のクライマックスであるメシアンとラヴェル〈カディッシュ〉を。メシアンは熱心なカトリックで、彼の音楽はその思想に深く繋がっています。〈カディッシュ〉はユダヤ風の祈りの歌。ラヴェル自身はユダヤ人ではないけれど、自分と違う民族の言語・文化を鋭く感知した人でした。このプログラムに滲み出るそれぞれの作曲家が持つ思想的な色合いも単一のものではなく、カトリック、キリスト教、ユダヤ教と様々なところから影響し合っているのです。

後半に移りましょう。ロベルト・ダウバー、彼は21歳でこの美しいジャズのような作品を書きましたが、その後若くしてテレージエンシュタット収容所(※)で命を絶たれるという悲劇的な運命を辿ります。ダウバーだけでなく、メンデルスゾーンをはじめ、登場するどの作曲家の人生を見ても、それぞれに深刻な問題を抱えていました。そういうなかから生まれた作品だと捉えると、全体を通してとてもシリアスな印象があるかもしれませんが、実は違う。決して強要するのではなく、自然に心に語りかけてくる、深く感情を揺さぶる作品が並び、お客さまはこのリサイタルを通してありとあらゆる心の動きを体験できるはずです。

重量感のあるソナタで始めたプログラムはダウバーに続いてアイスラー、ワイル、ガーシュウィンと次第に明るく軽い曲調になっていきます。ベートーヴェン、ブラームスのソナタやメンデルスゾーンの曲だけのリサイタルを聴くのとは、まったく違った感情の振幅を味わうひととき――私が構成し、作曲家たちがナビゲートするこの魅力的な旅をお楽しみいただきたいと思います。

── ホープさんは技術的にも、広い意味での表現としても「境界のない」演奏をされるという印象があります。より具体的な奏法という点に関しても、モダン奏法、古楽器奏法を垣根なく弾きこなしていらっしゃる。指導を受けた偉大な演奏家たちの教えだけに依拠するのではなく、そこにご自身の強い意志が感じられます。

おっしゃる通りです。遡って説明すると、私の最初の先生は基礎の習得前に「即興で弾きなさい」と教えてくれました。実はこの教えこそがその後の私の音楽人生を自由なものへと導き、どんな分野の音楽も抵抗なく受け入れる土台をつくってくれたと感じています。そして何と言っても最大の影響を受けたのはメニューインです。彼に師事できたことは幸運そのものでした。彼の周囲にはクラシックのヴァイオリニストのみならず、当時の著名な音楽家たちがいて、そういう環境に身を置くことで、若いうちから多種多様な音を「聴く耳」が育まれたのだと思っています。その後ファビオ・ビオンディの演奏を知り衝撃を受けました。当時師事していたザハール・ブロンとは正に対極! ヴィヴァルディをこんな風に弾けるなんて! と。バロック・ヴァイオリンと弓を入手し、著名な演奏家の録音を聴き尽くしました。以来、古楽への関心は尽きることがありません。古楽器演奏について明確な自信を与えてくれたのはクリスティアン・ベザイデンホウトでしょう。一緒に演奏しながら、時にはロックのように即興で弾きながら、音の装飾法、合わせ方、音色等、多くのことを教えてくれました。その時の経験を発展させて現在のスタイルに至っています。古楽奏法もモダン楽器ならではの弾き方も大好きですよ。バロック・プログラムの後にブラームスも演奏しますし、ベートーヴェンやルネッサンス音楽、もちろん現代音楽も大好きです。何より重要なのは心に語りかけてくる音楽であるかどうかです。

── 最後にお客さまへのメッセージを。

作曲された時代とはまったく違う時代に生きている私の役割は、この作品たちを紹介すること。悲劇を訴えることではなく、音楽を演奏することだと思っています。曲の周辺で起こった出来事はとてもシリアスだったかもしれませんが、音楽はただ純粋に音楽なのですから。今回選んだものには、重厚な作品から軽い作品、まるでジャズ・バラードのような曲も含まれています。聴きながら笑顔になるようなものもね。お客さまには、「いい音楽を聴きたい」という思いだけで客席に着き、素晴らしい曲の数々を楽しんでいただきたいと思います。確たるメッセージや悲劇的な史実、作品の背景に深く思いを馳せて考え込むのではなく、感情を解放し、心の赴くままにただ音楽を感じてほしいと願っています。

※ナチス・ドイツがチェコ北部の都市・テレージエンシュタットに置いた通過収容所。多くのユダヤ人が、ここからさらに強制収容所へと移送された。
ダニエル・ホープ(ヴァイオリン)─禁じられた音楽
2013年10月15日(火) 19:00
ダニエル・ホープ(ヴァイオリン) / セバスティアン・クナウアー(ピアノ)
〜禁じられた音楽〜
メンデルスゾーン:ヴァイオリン・ソナタ へ長調
シュルホフ:ヴァイオリン・ソナタ第2番
ストラヴィンスキー:オペラ《マヴラ》より 〈ロシアの歌〉
メシアン:《世の終わりのための四重奏曲》より 〈イエスの不滅性への讃歌〉
ラヴェル:《2つのヘブライの歌》より 〈カディッシュ〉
ロベルト・ダウバー:セレナード
アイスラー(ベイトマン編):《ハリウッド・ソングブック》より 〈小さなラジオに〉
ワイル(ベイトマン編):ミュージカル《ワン・タッチ・オブ・ヴィーナス》より 〈スピーク ロウ〉
ガーシュウィン(ハイフェッツ編):ミュージカル《ポーギーとベス》より 〈そんなことはどうでもいいさ〉
ガーシュウィン(クナウアー/ホープ編):ミュージカル《ポーギーとベス》より 〈サマー・タイム〉
ガーシュウィン(クナウアー/ホープ編):ミュージカル《ガール・クレージー》より 〈アイ・ガット・リズム〉
■一般 6,000円 / 学生 3,000円