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アーティストボイス

ヴィオラの無限の可能性を奏で誘う、音楽史への旅
インタビュー

アントワン・タメスティ インタビュー

 Antoine Tamestit
 聞き手=トッパンホール
 撮影=藤本史昭
アントワン・タメスティ
 父が作曲家で、保母をしていた母は大の音楽好きという家庭に育ちました。私がヴァイオリンを始めたのは5歳で、母から手ほどきを受けました。生まれた時から我が家にはありとあらゆる音楽が溢れていて、古典、バロック、ルネサンスからマーラー、ラヴェル…時代も作曲家もさまざま。ジャック・ブレルやバルバラなどシャンソンやポップスも聴いていましたし、現代音楽にもまったくアレルギーはありませんでした。

 9歳の頃、バッハのチェロ曲集を聴いた時に大きな衝撃を受けました。それまで馴染んでいたヴァイオリンに比べて低くて重い響き、作品の素晴らしさに全身が震えました。すぐさまチェロを弾きたいと宣言して先生に相談したのですが、せっかく培ったヴァイオリンのテクニックとはあまりに違うチェロへの転向に難色を示されてしまった。でも私はチェロの重低音に完全に魅了されていたので、それなら中間をとってヴィオラにしてはどうかとアドバイスされ、10歳の時にヴィオラを手にしました。それまで懸命に習得したことが無駄にならず、心深くに刻まれたあの低音を鳴らすことができるという幸せな出会い。すぐにヴィオラに一目惚れし、以来約25年間、今やこの楽器は私の人生から切り離せなくなりました。もちろんかつての恋人ヴァイオリンやチェロも大好きですが、ヴィオラとは比べようもない。本当に「恋をしている」という表現が一番合っていると思います。これこそ自分の楽器だという想いでいつも演奏しています。

 ロストロポーヴィチやシュタルケルの時代からウィスペルウェイやケラスといった若手が登場してチェロの世界が新しい局面を迎えたのと同様、ヴィオラも今、まさに新時代が到来していると感じます。プリムローズ、今井信子などが楽器を再生させた時代――見方によってはむしろ誕生の時代というべきその時に、弾き手だけではなく作曲家が非常に熱心にヴィオラのレパートリーを開拓したという事実があります。20世紀はヴィオラがオーケストラの1パートだけにとどまらない、ソロ楽器としての大きな可能性に作曲家が気づき、新たに作品を創り出したという意味で非常に豊かな時代だったと思います。そのような歴史的流れが脈々とあって、聴衆の耳もこの楽器の存在に対して開かれるようになった。そして現代の若手として自分がそれを引き継いでいる、という想いがあります。この愛すべき楽器の存在を主張してくれた偉大な先輩たちがいたからこそ、いま私は気負うことなく等身大でヴィオラに向き合うことができているのだと思います。

 ヴィオラの可能性は無限です。多種多様な色合いがある。ヨーロッパでは既にその認識が広まっていますが、ほかの地域ではこれからという気がします。私は世界中の人に、この魅力を伝えたい。時代が流れ世界も刻々と変化するなかでは、過去とは異なる方法を探しながら、若者をはじめ、もっと新しい聴衆を開拓していかなくてはと強く思っています。一度脚光を浴びたことに甘え続けるわけにはいきません。

 そういうなか、世界中でさまざまな公演主催者、プロデューサーと仕事をしていて歯がゆいのは、彼らからしてヴィオラのレパートリーについてあまり知らないことが多い点です。オーケストラとの共演オファーに「喜んで! 何を弾きましょうか?」とたずねると、リクエストがなく考えこむ方も少なくないのです。そんな時は、ヴァイオリンやピアノと同じようにもっとヴィオラのレパートリーや、音そのものに関心と知識をもっていただきたいなと強く思いますし、私も常に全力で取り組みたい。どんな楽器よりも一番深く特別な愛情を持っているヴィオラという恋人のためならばどんなことでもしたい、先人たちへの敬意をもって精一杯努力をしたいと考えています。

 今回は、ピアニストのマルクス・ハドゥラとともに考え抜いたプログラムです。彼は長い時間をかけて信頼関係を築いてきた、私にとって特別なピアニスト。自分たちが弾きたい作品だけを集めた本格的なリサイタルは今回が初めてです。ふたりともこの演奏会を心待ちにしていますし、ハドゥラとのコンビとしての味わいをじっくりお楽しみいただければと思います。

 前半はシューベルト、シューマン。ふたりでよく演奏する作品で、ヴィオラのレパートリーとしては比較的トラディショナルなもの。そして後半の最後にヒンデミットのソナタを聴いていただくという構成です。ヒンデミットは現代音楽であると同時に非常にロマン主義的な色合いが強く、前の時代の影響を受けている面があって、そこに脈々と続く音楽の系譜、歴史を感じることができます。ヒンデミットはCD録音もしていて、多くの人にこの作曲家の魅力を発見してほしいという想いがあります。ヒンデミットの前にはドビュッシーと武満を配しました。フランス人である自分、そのアイデンティティへの尊敬をこめたドビュッシーへのオマージュですが、この曲を入れることで、ヒンデミットの中にある印象派の色彩をよりくっきりと意識していただけると思います。時代を繋ぐエッセンスを感じるという知的な冒険をお届けできるのではないでしょうか? また、武満への尊敬をこめて、日本で彼の作品を演奏できるのも嬉しいこと。彼は本当に印象派的要素の強い、優れた作曲家です。たった5つか6つの音を使ってあれだけ多彩な響きを創り出せるところにも、彼が印象派音楽のエッセンスをまさに体現していることがわかります。

 前半では馴染み深い曲をリラックスして聴いていただき、後半は印象派に非常に強い繋がりがある新しい音楽の流れを感じていただけたらと思います。連綿と続く音楽史があってこそ、今このような音楽が存在しているのですから。

 先ほどトッパンホールのステージに立たせていただいた第一印象は木のぬくもり。きっとすばらしい響きのなかで演奏できるのだろうという予感を受けました。客席が舞台にとても近い印象でしたので、お客さまとも密にコンタクトを取ることができそうです。今から当日が楽しみでなりません。
アントワン・タメスティ(ヴィオラ)
2013年11月24日(日) 15:00
アントワン・タメスティ(ヴィオラ) / マルクス・ハドゥラ(ピアノ)
シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D821
シューマン:おとぎの絵本 Op.113
ドビュッシー:亜麻色の髪のおとめ〜《前奏曲集第1巻》より
武満 徹:鳥が道に降りてきた
ヒンデミット:ヴィオラ・ソナタ へ調 Op.11-4
■一般 5,500円 / 学生 3,000円