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アーティストボイス

日本の心とともに、ヴァイオリンの“歌”をお届けします。
アラベラ・美歩・シュタインバッハー
トッパンホールプレスVol.74より

アラベラ・美歩・シュタインバッハー インタビュー

 Arabella Miho Steinbacher
 聞き手=トッパンホール
 写真=藤本史昭
 この12月のリサイタルツアーを、とても楽しみにしています。いまはコンチェルトの仕事が比較的多いのですが、今回はその合間ではなく、リサイタルのための時間を上手くまとめてとることができました。共演のクーレックとは10年以上一緒に弾いていて、人間的にもとてもいいパートナーシップが組めています。彼の、相手の音に集中して耳を澄ます室内楽奏者としての感性、個性的アイディアは素晴らしく、彼とのデュオを聴いていただけることは喜びです。

 演奏するときに最もこだわっているのは、“歌う”ことです。両親がともに歌手で、私は小さな頃からオペラやアリアをたくさん聴いて育ちました。歌手の呼吸やフレーズの作り方を目の当たりにする環境で音楽を学びましたので、ヴァイオリンで歌うことは、私にとってとても自然なことです。チュマチェンコ先生も「声を真似なさい」と常々おっしゃっていて、非常に共感します。レッスンでも、まず歌わせてから「いまのように弾いてごらん」とおっしゃるくらいです。先生には“音楽性は持っているかいないか”であって“学べないもの”という哲学があり、生徒をとるときのオーディションでも、その見極めをいちばん重視されているようでした。テクニックや楽譜を読むこと、曲の背景を学ぶといった基本は大前提として、その先にある音楽づくり、演奏の醍醐味といった、音楽という冒険の面白さを教えてくださる先生なのです。その部分で、生徒から最大限のものを引き出す手法に長けた素晴らしい方です。

 今回のプログラムは、モーツァルトからはじめます。子供時代からたくさん聴いて多大な影響を受け、幼少時の記憶に強く結びついている作曲家です。2曲目は、今回のツアーでトッパンホールでだけ弾くベートーヴェン。この10番のソナタを言葉にするのは本当に難しいのですが、実に豊かな作品です。最初のソナタの、怒りなどの感情を激しくぶつけたり、自分の才能の凄さを表現しようとしていた時代と比較すると明らかですが、歳を重ね、人生経験を積んだことが如実に音楽に滲む、なんとも美しいソナタだと感じます。これまでも何度も演奏してきた大切なレパートリーで、今回はぜひトッパンホールのために弾きたいと思いました。プロコフィエフは、20世紀音楽が非常に好きなことと、クラシックなレパートリーとコントラストをつける意味で選びました。とても短いのですが、大変好きな作品です。最後のR.シュトラウスは、典型的なヴァイオリン・ソナタとは異なる曲ですね。ピアノパートにはオーケストラのような音響が要求されますし、ヴァイオリンは、特に2楽章に歌手が歌うアリアのような部分があります。“アラベラ”と名づけられた私にとって、R.シュトラウスは特別な存在で、大好きな作曲家です。

 実は、クラシックのほかにもジャズをよく聴きます。エラ・フィッツジェラルド、ダイアナ・クラールですとか…。音楽家として一番大切なのは“本物”でいることだと思っていて、それは、自分が感じたものを音楽として正直に表現することと考えています。人の演奏を真似たり、先生に言われたとおりに弾くのではなく、自分の心、体の真ん中で感じたものを自分の力でかたちにする。エラやダイアナの佇まいには、そういう“本物”が感じられて魅かれます。

 クラシックの音楽家で影響を受けた筆頭は、イヴリー・ギトリスですね。音楽表現のうえでは人生経験も非常に大きく影響すると思うのですが、19歳のときでしたか、幸運なことに当時住んでいたパリのアパートに彼も暮らしていて、すぐにドアをノックできる状況でした。レッスンは受けませんでしたが、「ちょっと弾いてごらん」と言っていただいて彼の前で演奏したり、彼も演奏してくださったり。いろいろなお話を伺い、そのライフスタイルを垣間見ることでも、非常にインスピレーションを受けました。実は「ギトリスさんのところへ行ってみたら?」と、アイディアをくださったのはチュマチェンコ先生です。先生には本当に感謝しています。「若いときには、たくさんコンサートをし過ぎないように」と言ってくださったのも先生だし、それで私は勉強の時間がたくさんとれて、音楽以外の経験もいろいろ積むことができました。先生はさまざまなかたちで私を導き、守ってくださったのだと感じています。

 1年に1回、2週間程度ですが、楽器から離れる時間をとるようにしているのも、先生のアドヴァイスからです。今年は実は、その時間を日本で過ごすんですよ。母が日本人ですので、日本も私の故郷。今回は九州の親戚を訪ねたり、鎌倉へ瞑想しに行ったりするつもりです。私はドイツ育ちですが、子どもの頃は毎夏、日本の祖父母のもとで過ごしました。子供の時の記憶というのは体の深いところにあって、ふとしたときに蘇り、人生に影響していくのでしょうね。ステージに上がる前には瞑想する習慣があって、心の内側に入り、いろいろ振り返りながら静かに考えます。そして自分の深くにあるものを、コンサートで開いていく感じでしょうか。それも日本の影響、自分のなかの日本人の感覚なのかも知れ ませんね。

 今回もしっかり心を整えて、ヴァイオリンの“歌”を一生懸命お届けしたいと思います。日本音楽財団からお借りしているストラディヴァリウス(1716年製「ブース」)は、多様な音色を作り出すことが可能で、私が“歌う”のにとても力になってくれます。トッパンホールには、集中力の高い素晴らしいお客さまが集まるとお聞きしました。お会いできるのを楽しみに、12月にまた戻ります。
(2014年7月) 
アラベラ・美歩・シュタインバッハー(ヴァイオリン)
2014年12月4日(木) 19:00
アラベラ・美歩・シュタインバッハー(ヴァイオリン) / ロベルト・クーレック(ピアノ)
モーツァルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ト長調 K301(293a)
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第10番 ト長調 Op.96
プロコフィエフ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 Op.115
R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 Op.18
■一般 5,500円 / 学生 2,500円