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アーティストボイス

都心に湧き出づる音の泉

作曲家・細川俊夫 インタビュー

 Toshio Hosokawa
 取材・文=トッパンホール
トッパンホールプレスVol.85より
細川俊夫
かつて多くの常設団体が存在した、ピアノ四重奏の世界。しかし近年は、多くの傑作を抱えながら演奏機会を失いつつあるジャンルと化しています。そんな現状を打破するように1995年、カールスルーエ音大卒の4人で結成されたのが「フォーレ四重奏団」。卓越した実力と音楽性で瞬く間にトップランナーに躍り出て、前回来日時のトッパンホール公演(2014年12月/主催:パシフィック・コンサート・マネジメント)は、NHK-BS「クラシック倶楽部」で繰り返し放送され、大きな反響を呼びました。主催公演初登場の10月は、その本領を存分に聴かせてくれそうな迫力満点のプログラム。委嘱作品が日本初演となる細川俊夫さんに、フォーレ四重奏団の魅力とご自身の作品についてお話を伺いました。
 彼らとのファースト・コンタクトは4、5年前でしょうか。ピアノのディルク・モメルツから、作曲依頼を受けました。彼が電話をかけた先にたまたま僕がいた、という偶然の機会でした。その後ずい分経ってから、トッパンホールで初めて公演を聴くことができました。実はその直前、フクシマ原発の周辺を視察して来て、震災の現場や無人の街を見たあとで、正直、非常に参っていたのです。そのフクシマから直行でトッパンホールに駆けつけ、彼らの演奏を聴き、ほんとうに感動しました。「ああ、いまこういう音楽が必要だ!」と強く思ったのです。かつては教会や寺院がその役目を果たしていたと思いますが、人々が聖なるものを求めて集まる場があり、そこに音楽が響き、スピリチュアルな体験として感動を共有する。都心のトッパンホールで聴いたその夜の演奏は、そんな光景を浮かび上がらせてくれました。現在のような不穏な気配が渦を巻く世にあって、音楽が果たす大きな役割、音楽から与えられる特別な力を感じました。オペラ《海、静かな海》を作曲しはじめたのは、それからすぐのことです(*)。《レテ(忘却)の水》も、同じ想いを継いで書きました。

 もとより、僕らのような現代作曲家は“いますぐ”に共感を得られることがたいへん少ない存在だと思います。そのなかで僕らが成さなければならないこと―いつもこの比喩を使いますが「森の奥の泉」のような音楽を書かなければいけない、と。誰にも知られていない森の奥に泉があり、常にそれは湧き出ている。知られずとも常にそこにあり、水は巡って、いつか誰かに触れる。そういうことで、人は生きていく喜びを見いだしたりするのだと思います。ちょうどフクシマから帰って来たときにフォーレQの演奏を聴いて触発を受け、彼らに書くなら、それをテーマにしようと思いました。したがって《レテ》がトッパンホールで日本初演されることには、深い意味と巡りあわせを感じます。

 《レテ》のイメージはふたつあります。ひとつはギリシャ神話のレテ河。死者がレテの水を飲むことにより、現世での記憶をすべて忘れ、魂が再生される。フクシマの体験もあって、魂を清めるような音楽体験を生みたいと思いました。もうひとつはイギリスの詩人、ワルター・サヴェジ・ランドールの詩からのもの。『愛と悲しみ、人の営みのすべてに、時の翼は、レテの水を振りかける』―音楽を水のメタファーとして捉え、水のように音を浴びることで魂が浄化され、また新しく出発する。「音楽家の仕事は、心の奥に流れているであろう宇宙を形成する源エネルギーを音楽に昇華させる」という武満徹さんの「音の河」の思想にも由来しています。

 今年4月のドイツでの初演には立ち会えず、録音で聴きました。個々に豊かな感受性を持つメンバーらしく、曲のルーツを直感的に感じ取り、美しい音楽へと昇華させてくれていました。気に入って演奏してくれていることも、とても感じられて嬉しかった。彼らは、見事なピアノ・クァルテットです。表現力が豊かで、説得力も高い。作品の強度に応える力強さが漲り、確信をもって弾いている。繊細な表現も抜群です。今回の委嘱を機に、ピアノ・クァルテットの現代作品を探してみたのですが、あまりない。貴重な常設団体です。

 作品の聴きどころは…そうですね。弦楽器だけだと微妙な微分音を使えるので、新しいチャレンジがどんどんできるのですが、ピアノが入るといろいろと制限がでます。でもフォーレQは、平均律的にピアノに合わせることなく、ピアノ四重奏ならではの微妙なハーモニーを織り上げることができます。お客さまには、弦楽器が川の流れのように折り重なるなかに、キラキラ光る水面さながらのピアノが加わるのを感じていただけたらと思います。ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ…西洋の王道の編成に、どう挑戦して何をやろうとしているのかも、お聴きいただけたら嬉しいですね。モーツァルトとブラームスに挟まれるというプログラム構成もいい。相互に刺激し合って、新鮮に聴けるはずです。僕もついに《レテ》の実演が聴けそうなので、またトッパンホールで彼らに再会できるのを、とても楽しみにしています。

*ハンブルク州立歌劇場の委嘱により、2016年1月24日に世界初演され大きな反響を呼んだ、細川の最新オペラ。東日本大震災の被災地を舞台に、死者と生者―双方の魂の行方、震撼したのちの世界にあって、生きることの意味等を根底から静かに深く問いかける作品。
〈トッパンホール16周年 バースデーコンサート〉
フォーレ四重奏団
2016年10月1日(土) 18:00
フォーレ四重奏団
[エリカ・ゲルトゼッツァー(ヴァイオリン) / サーシャ・フレンブリング(ヴィオラ) /
コンスタンティン・ハイドリッヒ(チェロ) / ディルク・モメルツ(ピアノ)]
モーツァルト:ピアノ四重奏曲第2番 変ホ長調 K493
細川俊夫: 《レテ(忘却)の水》ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノのための
(2016/日本初演)─フォーレ四重奏団に捧げる─ *
ブラームス:ピアノ四重奏曲第2番 イ長調 Op.26
*このフォーレ四重奏団委嘱作品は、エルンスト・フォン・ジーメンス音楽財団により提供されています。
■一般 6,000円 / 学生 3,000円