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アーティストボイス

〈エスポワール〉最終回 “いま”を映す、渾身の“無伴奏”
山根一仁 トッパンホールプレスVol.87より

山根一仁 インタビュー

Kazuhito Yamane
取材・文=トッパンホール
写真=藤本史昭
10代から20代へ―その過渡期をまさしく足早に駆け抜けた、山根一仁の〈エスポワール シリーズ〉。第2回のあと留学した地、ミュンヘンでの充実した生活のなか、音楽と自分自身にじっくり向き合い、着実にその世界観を拡げつつあります。最終回を前に、シリーズを通しての3年間の想いを中心に話を聞きました。
── もう最終回ですね。第1回は同じく無伴奏で、3年前の同じ3月、まだ高校生でした。

早いですね。あっという間でした。シリーズスタートの1年前の記者会見では、第3回はロシア作品を並べる計画で、そのときはそれがベストだと思っていました。でも今は、それをやりたい気持ちがない。高校を卒業して、ミュンヘン音楽大学に留学して、18歳から21歳になって。これほど考えが変わったことに驚いています。また、ひとりぼっちで弾こうと思うなんて(笑)。

3年前は、当時思いつくありったけの無伴奏作品を並べて、曲順はいま振り返ると考えすぎの感もありますが、やりたいようにやらせていただいて。僕も身を削る思いで弾きました。そのとき感じた、無伴奏ならではの気持ちよさや冒険の自由度などが強く印象に残っていて、いまの自分に新しく向き合ういい機会になると思いました。

── ご自身に大きな変化を感じていらっしゃるのですね。

環境的にもっとも変わったのは留学したことで、向こうに行ってひとりの時間が増えたというのが、変化のいちばん大きな理由だと思います。まったく知らない土地に飛び込んで、最初はヴァイオリンが唯一の友達というくらいでした。自然に、ヴァイオリンとの世界の集中度が増したというか。家族や友だちに囲まれて暮らす日本と違って、自分を見つめる時間が多くなったと思います。あと、北海道育ちだからなのか自然が大好きで、ミュンヘンでは早朝、リスが駆けっこする音が聞こえたり、日の出前の真っ暗ななかでも鳥たちはもう起きていたり…そういう音で目が覚めます。ささやかですが人間の感覚として幸せな体験だと思うし、向こうに住んでそういうことが増えました。ミュンヘンは大都市ですが、ベルリンや東京と違って“都会”という雰囲気ではなく、ビルがそこらじゅうにあるのでもないし、街なかにはリスが走ってる。学校の前の広場にもウサギがいるし、緑も多くて、とても自然にあふれています。バイエルン州独自の文化にも触れながら、ゆったりした時間が過ごせる。僕はサッカーも大好きなので、バイエルン・ミュンヘンという強豪クラブの本拠地までたまに観戦に行くのも大きな楽しみのひとつ。ミュンヘン、いい街です。

── 学校やポッペン先生のレッスンはいかがですか?

向こうに行って、ドイツ作品に触れる機会は間違いなく多くなりました。特にバッハはポッペン先生のレッスンを受けて、絶対的に奥行きが増えたと思います。先生はもともと室内楽奏者で、いまは指揮もよくなさいますが、バッハやドイツ作品の解釈には譲れない確固としたものがあり、そこに相対しながらいい意味で学生しているというか、毎回がっつり勉強している感じです。密度が高いのでパンクしそうになることもありますが、とても充実しています。伝統的なところも吸収しながら、自分の音楽としてどう消化していくか…。実は、最初の半年はただただ勉強している感じで、精一杯で必死すぎたのか、先生の真似をしているだけになりかけたこともありました。でもその後、以前から弾いていた好きな曲に改めて触れたときに、かつての自分の癖とドイツで学んだことが相まった感覚をつかんで、その瞬間「面白い!」と思う部分がたくさん生まれたんです。それが留学して半年経った今年の春でした。そのとき、それまでの苦労は、引き出しを増やすという意味でとても良かったのだと確信しました。自分の音楽の芯、大きな幹は変わらないまま、そこにどんどん新しい素材が加わっていくのを実感できたんです。

── 具体的には?

音楽の流れのつかみ方、かな。息の長さだったり、自然であることに重心、意識を置くようになりました。先生もよくおっしゃるんですが、雲って空に浮かんでいて、突然ガクッと動きを止めたりしませんよね。音楽も同じで、必ず一本の線のなかで動いていく。音符にどれほど高低差があっても、直角ではなく角度があるラインであって「それは自然に似ているものだよ」と。それを聞いたときに、ある種の気づきを得て、考え方が変わりました。ポッペン先生は学者のような方で、僕とは全然タイプが違う。だからこそ、自分にないものをいろいろ吸収できているし、最近は、吸収したものと、もともと自分が持っているものをそれぞれ、ちゃんと意識できるようになったので、前よりもっと音楽が楽しくなったのかな、と思います。

── 今回は、同じ無伴奏でバッハとイザイが入っている点が共通していますが、第1回とはかなり違う風景が広がりそうですね。

ドイツに行ったことで、音楽への考え方と接し方がすごく変わったことをお聴きいただけると思います。いまいちばん弾きたいのはバッハなので、プログラムの核は、ずばり、バッハ。聴き終えたとき「バッハすごいな」とみなさんに絶対的に感じていただきたいです。バッハって本当にすごい、偉大です。

── “バッハ感”にあふれた構成ですよね。バルトーク、イザイともバッハが通底しています。

ドイツに住みはじめてちょうど一年。もっともっと変われると最近思いはじめたところで〈エスポワール〉は最終回を迎えるけど、自分はまだずっと続くわけで、そういうことも念頭に選曲しました。なので、バッハは3番や最後の作品を選ぶ手もありましたが、一生勉強していく作曲家でまだ完結させたくないし、留学して初めて学んだ曲でもあるので2番を。イザイも2番。とても分かりやすくバッハへのオマージュがあると思います。

バルトークは、実は今回最初に決めた曲でした。バルトークの作品は、2015年のトッパンホールのニューイヤーコンサートで初めて弾いたのですが(ソナタ1番)、共演の北村朋幹くんに触発されて魅力に気づき、興味を持ちはじめて。いまいちばん僕らしくなれそうだな…というか、ドはまりしているくらい。楽しんで弾いています。

── おふたりは、いつも新鮮な音楽を聴かせてくださいますね。

北村くんは、常に新しい音楽を目指している僕にとって、リハーサルしながらお互いにどんどん変わっていける、得難い相手。音楽が大好きという気持ちが一緒で、本当に信頼しています。タイプがまったく違うからこそ、ふたりで大きな音楽を生めると思うし、彼との出会いは、奇跡といってもいいくらい。〈エスポワール〉第2回にも出てくれましたが、トッパンホールがそもそもの出会いのきっかけをはじめ、何度も共演の機会をつくってくれて感謝しています。

── 最後に、最終回へ向けて。

〈エスポワール〉は、第1回は高校卒業直前、第2回は二十歳の誕生日と、人生の節目にありました。どちらも1公演で2公演分の経験値を得たくらいの充実感でした。第1回は、初めてまったくのひとりで弾いて、そのとき持っているすべてを出し尽くしたし、第2回は考えてもみなかったホールからのご提案で、一夜かぎりの素晴らしいアンサンブルを同世代の仲間とさせていただきました。質の高い舞台を最高のメンバーと生むことができたと思います。いまならこういう可能性があった、いまならもっとよくなる、と感じるところもありますが、それは自分が成長しているからかな、と思う。いま、ますます音楽が楽しい。最終回も思いっきり、弾きます。これまでの演奏活動のなかでも、タイミング的にも、本当に大きな公演になるのは間違いないです。人生史上、自分でもいちばん楽しみかも。しかし振り返ると、それぞれ懐かしいですね…。

── 第2回は、まだ一年ちょっと前のことですよ。

早いな、こうやって年をとっていくんだな…。

── (苦笑)
〈エスポワール シリーズ 11〉
山根一仁(ヴァイオリン)Vol.3─solo
2017年3月10日(金) 19:00
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調 Op.27-2
レーガー: 無伴奏ヴァイオリンのための8つの前奏曲とフーガOp.117より
第4曲 ト短調〈シャコンヌ〉
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調 BWV1003
バルトーク:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ Sz117
5,000円 / 学生 2,500円 全席指定
特別協賛:鹿島建設株式会社