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アーティストボイス

最高の音楽を求め続けることが、音楽家としての使命
山根一仁 トッパンホールプレスVol.101より

山根一仁 インタビュー

Kazuhito Yamane
取材・文=トッパンホール
写真=藤本史昭

── ホールに来てくださるのは少し久しぶりですね。

あ、今年初めてだ。あけましておめでとうございます(笑)。

── 最近はどうですか?

実は年末年始に2週間くらい、ヴァイオリンを弾きませんでした。そうしようと思ってそうしたわけではなかったのですが、楽器をはじめてから初めて。そうしたら、僕はヴァイオリンを弾いていないと人間として存在意味がない、くらいに感じて。

── 生きる=ヴァイオリンを弾く、というような?

そう。自分はそうあるべきなんだ、と初めてしっかり考えた機会でした。でもブランクのあと最初に弾いたのはヴィヴァルディだったかな…正直怖かったです。イチロー選手が1日休むと感覚を戻すのに2倍時間がかかる、と話してましたけど、2週間はちょっとヤバかった(笑)。

── でも、貴重な体験でしたね。

すごくよかったと思います。留学も今年で4年になりますが、ドイツでも本当にたくさんのことを学んできて、いまはむしろ留学前のメンタルに戻そうとしています。学ぶということは、よいと思うお手本の真似からはじまる部分があると思いますが、僕は影響されやすいところがあって、先生なり共演者なりをリスペクトしすぎるあまり、かえって自分を見失った時期があったと思う。この数年、人の意見に合わせ、自分の発想にはないことも試してきたけれど、それが一区切りして着地点を見つけはじめた感じです。

── トリオメンバーともそういう部分がありましたか?

彼らとは一緒に弾く機会も多いし、特に北村くんは古典とかすごくよく研究していて、アイディアを提供してくれるから本当に勉強になる。でも、作品が持つ背景にふさわしい弾き方、みたいなものにはこだわりたくない。それは方法のひとつであって、いちばん大切なのは最高の音楽が生まれることなので。今回は僕もいろいろ、彼らに仕掛けられると思っています。その意味ですごく楽しみにしていて、楽しみというのは自分に対する期待でもある。自分が本来持っているものに素直に立ち戻ったら、やりたいこともどんどん明確になってきてシンプルに楽しいです。今は音楽に対して、大きな面でポジティブになっています。

── おふたりの印象を少し聞かせてください。

年齢も近くて、いちばんリラックスして音楽と向き合える仲間です。上野くんと僕は同い年で、もう8年のつきあいかな。音に対する自然な感覚を大切にするところは、僕に似ています。素直と頑固の隣り合わせな人柄(笑)が演奏によく表れていて、本番で乗せてくれる音楽が実に自然で好きです。上野くんにしか出せない音というのがあって、日々それを進化させている。この前、彼のソロ動画を見たら、僕が最後に聴いた時からまったく変わっていた。彼も留学(デュッセルドルフ)の影響をすごく受けていると感じて、いい刺激でした。

北村くんとの出会いは16歳のとき。彼のほうが少し年上で、デュオをやる機会が多く、人間的な影響もきっと受けてきたと思います。北村くんとのリハはディスカッションが激しくて、やり方の違いでぶつかることもある。でも音楽にまったく嘘がなくて、最終的に目指しているところが同じだという絶対的な安心があり、パートナーとしてすごく信頼しています。音楽に正直でいられる貴重な相手で、僕はこの先も一緒にやっていくと思っています。

彼らとは、それぞれの変化も感じながら長く時間を過ごしてきました。音楽は知識だけでなく、人間性からなるものも大きいと実感させてもくれる。ふたりとも、冷静に物事を見る面があってすごく尊敬していますし、他では探しようもない稀有な存在です。

── このトリオでの初公演は2017年3月横浜みなとみらいホール(*)でした。ラヴェルはそこで弾かれていますが、ベートーヴェンとシューマンは今回が初めてですか?

ベートーヴェンは一度だけ、北村くんとは弾いたことがあります。《幽霊》というタイトルがどうかはさておき(笑)、フレッシュさもあって僕はすごく好きです。実は、ドイツに留学した当初、ドイツ語圏の作曲家は一通り勉強しなおしたのですが、唯一まだ思うように取り組めていない作曲家がベートーヴェン。ヴァイオリン・コンチェルトにはまって、毎日聴いた時期があるほど昔から好きなのに、恐れ多くて逆に避けていた感じで。昨年の公演でも弾いてはいますが、もっと僕なりのアプローチをしっかりぶつけていきたいと思います。

ラヴェルに関しては、僕は横浜での演奏会がとても楽しかったので、ふたりは違う感想みたいでしたけど…今回もいい方向に向かうと信じています。シューマンはヴァイオリン作品がそもそも少なくて経験値があまりなく、僕にとってはいちばんの挑戦ですね。和声というか内声をすごく聴かないといけない。ピアノに乗って音楽が進んでいく印象です。当然、北村くんがどうアプローチをしてくるのか楽しみだし、そこに上野くんの歌ごころあるチェロがどう影響してくるのか…まずはリハですね。

── これから挑戦したいことはありますか?

いま、シューベルトにすごく惹かれています。やわらかい優しい音楽なのに、孤独を感じる部分もある。自分の好きな音楽に近い作曲家だなと。あとはバルトーク、ベルク、ベートーヴェン…お、Bが並びましたね。バルトークはトッパンホールのニューイヤーコンサートで弾いたのがきっかけです。この3人はいつか必ず弾くときがくるはずなので、それまで毎日、一生懸命音楽と向き合っていこうと思います。

最近、光が見えるような感覚があって、自分が変わってきたのを感じています。このあいだ、初めてトレーニングジムに行って自分の肉体を専門的にみてもらったのですが、脱力の仕方とか、筋肉を少し意識するだけでも本当に違うのを知りました。これまでに学んできたさまざまな点と点が線になって結実してきたというか、なすべきことに一生懸命向き合っていれば、答えは必ずでてくるものなのだと感じています。

── 充実されていますね。

すごくポジティブになっていると思います。それをいい音楽に繋げたいです。以前、ピーター・ウィスペルウェイから「音楽家の仕事は9割が練習で、1割がコンサートだ」と言われて感銘を受けました。練習ではすごく悩むし楽しいことばかりじゃないけど、音楽家はその1割で輝くものなんだな、と。信頼しあえる仲間と和声を奏でているときは「あぁ、音楽が好きだな」「ヴァイオリニストとして音楽に携わることができて幸せだな」と感じますし、それが音楽家として自分がいる理由になるのかもしれません。

…今日ね、駅で葬儀の案内を目にしたんですけど、その時にふと、僕が死んでもここにいる人たちの日常は何ひとつ変わらず、フライドチキンを頬ばったりするんだろうなって、思ったんです…生きているうちに何を残すかだよなって。自分の仕事のなかで最高なものを求め続けることが人間として生きる役割かなって。僕の場合は音楽家として、それは仕事というより使命かな、と思いましたね。駅で。

*西巻正史(トッパンホール プログラミング・ディレクター)の企画公演
山根一仁(ヴァイオリン)&上野通明(チェロ)&北村朋幹(ピアノ) Vol.2
2019年7月31日(水) 19:00
ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第5番 ニ長調 Op.70-1《幽霊》
ラヴェル:ピアノ三重奏曲 イ短調
シューマン:ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 Op.63
5,500円 / 学生 2,500円 全席指定