みなさまこんにちは。ボンジュール小石川です。
はやくも3月が終わりに近づき、出会いと別れの季節もクライマックスを迎えていますね。
ここ数年、3月末に猛烈な勢いで咲き急いで散っていった印象のある桜。たとえお花は満開でも、3月といえばまだ半分は「冬」のテリトリー内ですから、どうしても仕事のあとの夜桜見物は、
「さぶい!」
「凍える!!」
「早く帰らせて!!!」
「でもその開けて無いビールはお土産に持って帰るから!」
「から揚げもね!!」
となりがち(すくなくともワタクシは)。
思えば昨年の花見は、寒さとの壮絶な闘いが、トラウマなメモリーとして心に刻印されました。
一方で、気温だけでいうならば、おととしのお花見もそれはそれは寒かったのですが、ボンジュールにとっては、いつまでも忘れられない思い出の花見。これは、ナイスなメモリーとして。
夜桜のためのライトアップが終了して、飲めや歌えやの大騒ぎはひと段落、祭のあとの興奮が冷めやらぬなか、駅に向かって突き抜けたテンションのサラリーマンたちがそぞろ歩き、街灯の白々とした灯と薄くかすんだ月明かりに照らされた妖気ただよう満開の桜からシンシンと降り注ぐ花吹雪を、斜め45度からぐぐっと見上げたときのその一瞬の「風景」の美しさときたら。
美しいというよりも「凄絶」という言葉がぴったりで、いまだに、忘れることができません。
寒くても、雨が降っても、ニッポンジンが桜の下に集いたくなるのは、こんな劇的な「瞬間」を、誰しも一度は体験したことがあるからかもしれませんね。
そんな桜の季節に、日本酒をチビチビやりながら聴きたいのが、名曲「さくら横ちょう」。
加藤周一の、どことなく艶かしい詞が印象的なこの曲は、「桜にまつわるある瞬間」を鮮やかに切り取った、それはそれは美しい曲ですが、みなさんは中田喜直作曲のソレを思い出しますか?それとも、別宮貞雄作曲のソレでしょうか。
「花でもみよう」
と言ったそばからハラホロヒレハレと桜が散ってしまうようなメロディが印象的な中田喜直バージョン、どことなくセピア色を通り越してモノクロームなイメージが浮かんでくる別宮貞雄バージョン、どちらもとてもとても美しく、儚く散りゆく桜という存在にぴったり。
4月15日の森 麻季ソプラノリサイタルでは、清らかな歌声で世界を魅了する歌姫が、中田バージョン、別宮バージョンをぜいたくにもふたつ並べて聴かせてくれます。細やかな表現力で作品の本質に迫る森さんが、同じ歌詞でありながらまったく異なる個性のある2つの曲で、どんな世界の違いを聴かせてくれるのか。
実際に桜がハラハラと散る季節に、あまたの桜の名所からもほど近いトッパンホールで「さくら横ちょう」を聴くぜいたく。完売公演ですが、チケットをお持ちのお客さまは、メインにすえられたハイドンとヘンデルの声楽作品に加えて、音楽で感じるお花見にもご期待ください!
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