みなさまこんにちは。
Ku-kan丸は先日、東京オペラシティで行なわれた
東京フィルハーモニー交響楽団 2008-09 定期演奏会 ヴェルディ レクイエム
を聴きに行きました。
感想は、
『圧巻』の一言です。
今回指揮をしたチョン・ミョンフンは、指導の際「(スコップで)音符を掘り起こそう!」と
よく言うそうです。
この曲の中でも特に有名な、第2曲の「怒りの日」は
まさにこの言葉を彼がなぜ口にするかが分かるような
熱く、深く、ただし冷静で音楽の源から涌き出るかのような音が、ホール中に響き渡りました。
この言葉の真意は、その作品が生まれた背景や強弱・硬軟の度合いなど、音の要素を掘り起こすことだそうです。
この曲の作曲者であるヴェルディは19世紀の偉大なオペラ作曲家として知られています。
彼の作る『レクイエム(死者のためのミサ)』は劇的な音楽ですが、
"死"というテーマがオペラとはまた違う究極の情熱と生々しさを感じさせます。
さて、今回Ku-kan丸がコンサートを聴き終えて改めて感じたのは、"生"の演奏を聴くことの素晴しさです。
作曲家が作り上げた音楽を、聴衆の目の前で、演奏家が必死になり再現をする。
生の演奏は何が起こるかわからないという危険を含んでいる分、その緊張感が限りない感動を生み出すのではないでしょうか。
ちなみに、トッパンホールは、舞台の高さは60cmと低いため前方席からも舞台が見やすく、また、客席との距離が近いため、演奏家と聴衆の親密さが増し、より臨場感あふれる生の演奏が楽しめると思います。
もちろん、公演の"中身"も充実しています!3月には、やはり、アダージョばかりで構成された究極の音楽、「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」をとりあげた、インマゼールの公演も控えています。
ゆるやかなリズムに隠された緊張感、ぜひ、体験しにいらしてくださいね♪
うさうさです。
「週3日はお弁当持参」のノルマを課したKさんの、背中を追って早一ヶ月。
メニューを考えることや、前夜の仕込み、これまでより1時間の早起きにも少しずつ慣れ、と当時に、食材を無駄にしないとか、なるべく地元の旬の食材を使おうとか、洗い物を残さないとか、夕食も自炊しようとか、お弁当作りを通じて良い習慣が生まれています。
健康的な生活は、心も元気にしてくれますね♪
さて、「こんなところにもトッパンホール」の「Vol.2」です。
今回は、山手線の車内広告。今月28日まで窓の上に掲出されていますので、ご乗車の際にはチェックしてみてください。

みなさま、こんにちは。健康優良児、MAGIです。
今日もマスクマン・ボンジュールの隣で元気いっぱいです!
さてさて、今週末はティル・フェルナーによる〈ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会〉の2回目。この全曲演奏会は「ぴあ1/8号」で、あの是枝裕和監督もオススメしてました。みなさま目にされましたでしょうか?
いろいろと注目を集めているシリーズですが、目下MAGIの要注目ポイントは今回の演奏会の日付。2月14日、バレンタインなんですぅ。当日は花束よりもチョコのプレゼントのほうが多いのかなぁ・・・。
ティル君もチョコは好きみたいで、昨年の12/23の公演時にホールが差し入れたチョコを「おいしい!」と喜んで食べていました。14日も終演後にサイン会が予定されているので、チョコ持参で聴きにいらしてはいかが?

12/23公演・サイン会の様子。
お客さまひとりひとりに、立って挨拶する姿は本当にジェントルマンでした。
最後に、全国の予防マスクマンのみなさん。風邪予防対策として、うがい・手洗い以外に、「舌を洗う」のも効果的なんだそうです。舌苔(ぜったい・舌についた汚れ)を洗い流すと同時に、そこに付着したウィルスも除去。ついでに口臭予防にもなって、一石二鳥てとこでしょうか。
風邪に負けずに、春を迎えたいものですね。
あっ、でも春になったら花粉症が待ってるのか・・・当分、マスクマン人口は減りませんね・・・
みなさまこんにちは。ボンジュール小石川です。
猛威を振るうインフルエンザの嵐が去る前に、早くも花粉が舞い散る季節が到来しました。
風邪予防と花粉予防で、いよいよもってマスクが手放せない今日この頃。みなさまお元気でお過ごしですか?
マスクといえば、先日来日し、トッパンホールにも登場したヒラリー・ハーンが、
今夜の壬生でのコンサートでは、お客さまの少なくとも1/3がマスクをしていたけれど、何か疫病でも襲来したのかと思った。
というようなコメントを、彼女自身のホームページに載せていました。
続けて、お客さまがカバンをソロソロと開け、ティッシュを取り出し、つつましく鼻をかむ様子が、見たわけではないけれど音だけで舞台上から手に取るようにわかった、と、ユーモアを交えながら報告していますけれども、ともかく、客席がマスク姿の聴衆で埋め尽くされているのが、異様に見えたことは確かなよう。
実際、海外では予防のためにマスクをすることはほとんど無いそうで、また、マスクの感染予防効果に過信は禁物だそうですが、とにかく、できうることならあの高熱の苦しみは未然に防止しておきたいと思う人類共通の願いが生んだこの現象が、これからのニッポンの冬の風景として、定着していくのでしょうね。
かくいうワタクシもマスク愛好家。
一度マスク装着が日常になると、逆に無マスク状態に陥ったときに落ち着きを失いませんか?>同志のみなさん。
コートを着て、マフラーをして、手袋をはめて、そののちマスクを装着してようやくひとここち。
人ごみの中でマスクを忘れていることに気付くと、アップアップと海水の金魚、淡水の鯖、浅瀬のあんこう、深海のあさり(?)、思わずしばらく息をとめてはみるものの、無常にも呼吸が続かず大きく息を吸む、その瞬間を見越したように隣でびぇーっくしょーい、とくしゃみをされたりして、天を呪うべきか、己を責めるべきか、とにかくなんだか悔しい気分になって、そっと袖口で涙を拭うことになりかねません。
で、そういう状態がどういう状態かといいますと、マスクがカラダの一部になっているということでありますから、マスクをしたままペットボトルからお茶を飲もうとしたり、マスクをしたままチョコレートを齧ろうとしたり、マスクをしたままシャワーを浴びようとしたりするのです。
ぽたぽたと緑色の液体(=お茶)のしたたるマスクを「えぇい」と引き剥がしながら、フフフと誰にともなくかみ殺した照れ笑いで失敗をごまかし、サササと周囲を見渡して誰も見ていなかったことにほっとしながらも、どこか心の奥深いところに治癒不可能な傷を負ったような気分になる、ボンジュール冬のひとこま。
そういうわけで(?)、うがい、手洗い、マスクの着用で、インフルエンザウィルスを敵にまわしての四面楚歌状態のこの冬を、どうにか無事に乗り切りたいものですね。