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インタビューInterview

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音楽家としての本質
人としての魅力を磨く〈エスポワール〉に
 

北村朋幹 Tomoki Kitamura

聞き手=
トッパンホール

 僕が初めてトッパンホールの舞台に立った(※)のは16歳のときでした。10代前半でのコンクール優勝や入賞をきっかけに、次々と演奏の機会をいただく夢のような状況に、「この幸運が続くのも1、2年のことなのだから、心残りないようにやりたい事を全部やってしまおう」と、ただ弾きたい曲を演奏し続けていた時期です。それが大学に進んだころから、たとえば1年後にベートーヴェンのコンチェルトの予定が入れば、それまでにソナタを何曲か勉強してみようと、自発的に“設計する”ことを意識しはじめました。

 そういう変化を経ながら、今年22歳になりました。音楽にとどまらず、物事の見方や考え方が以前とは変わり、自分の思考的な癖にもだいぶ自覚的になった気がします。“これからの自分”をつくっていく素材がかなり集められたと思いますし、今後の数年は、吸収するのと同時にそこから本質的だと感じるものを選びだしながら、音楽家として人として、どういう人間になっていくかを考える重要な時期だと思っています。

 そういうタイミングでの〈エスポワール〉は幸運なめぐり合わせで、ある種の試練だとも感じています。トッパンホールでの3年3回のシリーズを通して、お客さまは僕の変化や成長を、3度の演奏のみから定点観測なさいます。そもそも人間が3年間で右肩上がりに成長するという保証はどこにもないはずなのですが、今回の企画はそれを約束してしまっている。それも言葉などを一切使えず、音だけでそれを判断されてしまう。これには人間性云々だけでなく、演奏技術も伴っていなければいけない。普段割とマイペースな自分への、この上なく厳しい挑戦の場に気持ちが昂ぶる反面、毎回のお客さまの反応を思うと、プレッシャーも感じているのが正直なところです。

 ですから、今回の3回の構成はかなり考え抜きました。なかでもVol.1のソロのプログラムは、もっとも自分を映しこめる点でこだわり、これまでの時間、経験の集約が現在(いま)の自分として表現されるもの、内面の投影を感じ取っていただくことを、はっきりイメージして選曲しています。そのキーワードは“森”です。

 留学先のベルリンは日本と比べて緑が豊か。散歩が趣味なので、時間を見つけてはよく森を歩いています。はたからは、人間がただ歩いているだけの風景に見えても、歩く本人は木々のささやきや風の匂いなど、実にいろいろなことを感じています。鳥のさえずりや動物が木々のあいだを縫って横切るという光景に、ふと、自分の心象風景が重なって、何か幻想的な世界を彷徨っている感覚に捉われることがある。今回選んだ作品はどれも、自分にとってこの手触りを感じるもので、作曲家が自身の内面の森を歩きながら、彼らのパーソナルな心情を作品に投影している印象を受けます。作曲家の感情の流れや思索の道すじ、作品世界の豊かさを共感を持って表現し、現実世界のどこにもない森を描き出すことで、結果的に“森”の示すところや、僕自身の個性、存在感といったものがみなさんに届いたら嬉しいです。

 プログラムは、ベートーヴェンの2曲のソナタから着想しました。どちらも、剛直な勇ましさや狂信性を孕んだ情熱家といったベートーヴェンの力強いイメージと同時に、迷いや弱さ、どこかモヤモヤした彼の内面が感じられる作品です。そこに、ベートーヴェンの精神を引き継いだ、シューマン、バルトークを絡め、さらにその2人の影響を受けているホリガーを入れて、全体に関連性を持たせました。彼らがそれぞれの時代から現代へ、時間を超えて手渡してきたものを表現したいと思います。さらには、詩人ヘルダーリンというつながりもあります。彼はベートーヴェンと同じ生年で、シューマンが愛読した詩人。ホリガーの〈舟歌〉にはヘルダーリンの詩が引用されていて、バルトークの《野外にて》の2曲目〈舟歌〉へと繋がっていきます。

 Vol.2は室内楽。なんと憧れのダニエル・ゼペックと共演します。提案があったときは、相手が僕でいいのかと本当に驚きました。ゼペックは伝統を重んじながら、絶対にそこから脱皮していく。その素晴らしさといったら! でもこの共演では、ただ感心ばかりして終わらずに、「Aber(でも)!」と、一度くらい言ってみたい。できれば「なるほど、そうか!」と彼に言わせてみたい(笑)。本番までまだ1年以上、対等に語り合う野望を叶えるためにも、とことん研究して備えます。

 Vol.3はピアノのデュオで、小菅優さんを迎えます。小菅さんの演奏には以前から、音楽に対する真摯な姿勢と確たる信念を感じ、音楽の本質、本質のなかの本質を探し続けている人という印象を持ってきました。楽器の扱いにも非常に長けた方で、ピアニスト同士の共演は僕にとって大きな挑戦です。気後れせずに向き合えるよう、もっとピアニズムを鍛えることが2015年の春までの大きな課題です。それはまさに、今の自分に必要なことでもあり、Vol.1であえて“現在(いま)”という時点を選んだ理由。

 3回それぞれに課題がありながらも、結局すべては1本の道。自分の内面にあるものを、あたかもピアノという存在を忘れるほど、素直に表現したいと言う意味では結局、1回目のプログラムと呼応するんですよね。シリーズとして筋の通った結果を残し、すべて終わったときに「もう3回やりたい!」と思える手ごたえと新たな課題がつかめたら成功かな、と思います。

 僕が尊敬する演奏家はみな、音楽の本質が何かということを追求し続けています。そして素晴らしい演奏家ほど、複雑で濃密なパーソナリティーを持っている。自分もいつか、そういう人たちに加わりたい。音楽ににじむ僕の人間性を魅力的に感じていただける音楽家になりたいし、そのためにも、ピアニストとして人としてあらゆる面を磨き、〈エスポワール〉をひとつの礎とすべく、準備の時間も含めてシリーズ最後の日まで毎日を丁寧に送っていきたいと思います。

ランチタイムコンサートVol.32(2007.12.11)

〈エスポワールシリーズ 10〉北村朋幹(ピアノ)

Vol.1 ―ソロ

2013/10/12(土) 17:00

Vol.2 ―室内楽

2014/10/8(水) 19:00

ダニエル・ゼペック(ヴァイオリン)/オリヴィエ・マロン(チェロ)

Vol.3 ―solo ふたたび

2016/4/12(火) 19:00

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