インタビューInterview
常に新しく、そして自分に素直な音楽を—— トッパンホールプレスVol.70より
山根一仁 Kazuhito Yamane
- 取材・文=
- トッパンホール
弦のトッパンが、その将来を期待してやまない逸材・山根一仁。音楽への抜群の反射神経と際立った個性は、若手の枠を越え、名だたる共演者と多くの聴き手をすでに魅了しはじめています。自身の現在(いま)への強いまなざしと音楽へのひたむきな想いに満ちたエスポワールのスタートを前に、第1回を中心に話を聞きました。
いよいよシリーズがスタートします。今あらためて感じていることも含め、皮切りとなる初回のプログラムについて聞かせてください。
第1回はたった一人で舞台に立つと、まず決めました。トッパンホールで無伴奏を弾くのが僕、大好きなんです。1年前、記者発表でステージに上がったときは、ピアノがないとこんなに広いのか! と少し不安も感じましたが、今は当日までにやるべきこともはっきりわかっていますし、早くステージに立ちたいという気持ちでいっぱいです。楽しみでたまりません。
プログラムは、まだ知らない曲、もしくは素直にいいと感じたものを弾きたいというところから発想していきました。たくさんの曲を片っ端から聴いて耳に残ったものをどんどん絞りこんでいって…。僕らしいユニークな選曲、とプロデューサーの西巻さんに評していただけて嬉しかったです。型にはまらないことを身上としているので、僕らしい、ある種の自由な感覚が反映できたのかもしれません。
6曲はどれも“いま”弾きたい曲。バロック以前と20世紀作品を3曲ずつ、まったく違う時代、異なる個性のものを組み合わせました。自分がどこまで切り替えて弾けるのか、そこも楽しむぞと思って選んでいます。最初に決めたのはべリオで、中学2年生のときに参加したミュージックセミナーで同室だった成田達輝さんが弾いていて、すごく印象に残った曲です。出会ったときから好きだったし、演奏するたびに違う音楽になるのも魅力。本番は自分で創れ! みたいに作曲家から委ねられているのがまた面白い。事前に考えすぎて予定調和みたいになるとつまらないから、当日まで楽譜開くのやめようかな、と思っているくらいです。
どれも難曲と言われる作品ですが、技術的な挑戦という意味合いは強いですか?
それはないです。ただすべての曲でさまざまな“挑戦”をします。ベリオは先ほど言ったとおり、ただよく準備するのではなく、本番で自分の素直な感覚で、どこまでその音楽にのめりこめるか、という挑戦。トッパンホールの空間でどこまで鳴らせるか…。イザイは、6曲のなかでは自分にいちばん合っている曲。中3のとき、日本音楽コンクールでも弾きました。3年経って自分がどう変化したのか、進化したのかを確かめる挑戦です。エルンストの《魔王》は、なじみ深いフレーズが聴こえる一方で憎らしいくらい難しい。今まで初見で形にできなかったのは、この曲だけかもしれません。今まさに挑戦に値する曲。弾き終わったら「どうだ!」って顔してるんじゃないかな(笑)。とにかくカッコよく弾きたいです。
バロックの3曲も“挑戦”です。大好きなヴィターリのシャコンヌを高1のときトッパンホールで弾く機会があったんですが、ホワンとした響きのなかで音をひとつずつ押さえて音が立ちのぼっていく、あの感覚が忘れられず…。ビーバーは、そのヴィターリと同じソファミレの音型で始まるということに惹かれました。退屈な曲という声もあるんですけど、僕は弾いていてまったくそんな風に感じない。リサイタルで2回演奏したことがあるので、イザイ同様、自分の変化、進化を確かめたいです。本番まで、まだまだ掘り下げられそうですし、面白く聴いていただけるようじっくり作品に向き合いたいと思います。タルティーニはプログラムを決めた段階では魅力が充分理解できていなかったんですが、本番を迎えるころ、高校を卒業するころにはわかるかなと思って選びました。《悪魔のトリル》は弾いたことがあって、リズムがまったく同じという共通点もありますし、あとはカルミニョーラ! 彼のCDを聴いて「バロック・ヴァイオリニストになっちゃうかも!」と思うほど衝撃を受けまして…。ちょうどそんなときに選んでしまった曲(笑)。どう仕上げようか、今はワクワクしています。当日にはきっと大好きな曲になっていると思います。
バッハは一生つきあっていく作曲家なので、今回は敢えて入れなくてもいいかなと思いましたが、結局初めて弾くソナタを入れました。しかも第1番を。バッハの偉大さって正直、普段はあまり意識していないんですが、でも演奏したときに感じるものは非常に大きい。他の作曲家とは明らかに違う、自然の気配が香り立つというか。バッハを弾いて、失敗したり怖かったことは一度もありません。すべての音楽の基本と言われるだけあって、型破りなことをしても変にならない。懐が深くて、どう弾いても受け止めてくれます。実は、“バッハはこうあるべき”と教えられていたころは嫌いだったんですけど、でも、本番で弾くときはいつも“好きだな”って思うんです。バッハって凄いですよね。
理想のヴァイオリニストは? 3年後、シリーズを終えたときのイメージはありますか?
弾くにしても聴くにしても、“常に新しいヴァイオリニスト”っていいなと思います。自分の好奇心や感覚に素直に、面白い方向に、新しい方向にいつも進んでいたいです。僕はとにかく音楽が好き。ゲームも大好きですけど(笑)、ゲーム中でも頭の中にはたとえば《魔王》が流れてる。友人たちと山登りしていても、やっぱり音楽のことを考えている。日常生活でも、ふとした瞬間に自分は本当に音楽が好きだな、とよく感じます。
最終回に向かっては、特別に意識しなくても、高校を卒業してこれから環境がいろいろ変わるなか、音楽にも自然に変化が表れるだろうと思います。3年間の経験と進化が、ちゃんと映し出せるような集大成にしたい。イメージしてそこへ向かうというより、そのとき自分がどうなっているのか、僕自身がとても楽しみです。音楽には人となりが出るから、音楽家としても、人としても豊かでありたい。そういう意味でもヴァイオリンだけしか知らない、練習しかしないというのは好きじゃありません。僕は自然豊かな北海道で生まれ育って、そこでの幼いころの経験は、僕という人間、僕の音楽の栄養になっています。同じように、日々の友人づきあい、ゲーム、趣味の電車、家で犬と戯れること、そんなすべてが自分にとっては大切で、人一倍遊んでいるからこそ、人一倍自由な演奏ができるのだと自信をもって言えます。そして、演奏家として足りないことはまだまだあるけど、自分がやりたいことの真っ直ぐさだけは信じている。僕は僕でしかない、自分に常に素直でありたいと思います。
最後にお客さまにメッセージを。
客席で気持ちよく眠ってしまいそうな曲、音程を外してしまうのでは! とハラハラさせるような曲…と、スリル満点なプログラムですが、いいコンサートだった、とだけ思って、楽しい気持ちで帰っていただけたらと願っています。
小学生のとき、家族から「音が外れても全然気にならなかった」と言われたことがとても嬉しくて、それ以来外すことがまったく怖くなくなりました。何より、そこに音楽があればいい。その想いは今も変わっていません。今回も、“いま”の僕の音楽をストレートにお届けします。
〈エスポワールシリーズ 11〉山根一仁(ヴァイオリン)
Vol.1 ―allein
2014/3/20(木) 19:00
Vol.2
2015/7/29(水) 19:00
トッパンホール 弦楽アンサンブル/北村朋幹(チェンバロ)
Vol.3 ―solo
2017/3/10(金) 19:00
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