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インタビューInterview

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大萩康司の写真

夢にも思わなかった奇跡
これまでの音楽経験すべてを活かして臨みます

大萩康司(ギター) Yasuji Ohagi

写真=
藤本史昭
取材・文=
トッパンホール

2003年、ソプラノの林正子、チェンバロの曽根麻矢子と共演した〈トッパンホール クリスマスコンサート〉を端緒に、翌年からの〈エスポワール シリーズ〉(全3回)では弦楽四重奏との共演も経験し、室内楽の面白さに目覚めたという大萩康司。ギター界の第一人者としてその名を轟かせる現在、ソロにとどまらず、活動の半分を占めるほどに多彩なアンサンブルにも積極的に取り組んでいます。その延長線上に訪れた、世界的名歌手マーク・パドモアとの今回のステージ。10月の公演を前に、共演へ向けた熱い想いが語られました。


パドモアさんとの共演の提案を受けたときは、“え、あの素晴らしい方のことですか?”と、とても驚きました。彼の歌を初めて聴いたのは、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルとの《マタイ受難曲》の福音史家の映像でしたが、そのあまりに美しく透き通った優しい歌声に、“テノールでこんな風に歌える人がいるのか!”と衝撃を受けていたのです。彼が歌曲の世界では神様のような存在だとも知っていましたし、そんなすごい方とご一緒できる日が来るなんて、思いもかけませんでした。公演が決まってからは、演奏家としての24年の経験はむろんのこと、日々のいろいろもすべてそこに集約させていこうというくらい、10月16日に強く意識を持っています。2024年のハイライトと位置づけていますし、とにかくこのステージに集中できるよう、今年の10月はほかに一切コンサートを入れませんでした。

大萩康司の写真2

プログラムは、パドモアさんがご提案くださったものです。並んだ曲をひと目見て、ギターのことを熟知されている方だとすぐにわかりました。ギターという楽器がわかっている、と感じた歌手の方は、実はごく少数(笑)。嬉しかったですし、ますます意欲が漲りました。ダウランドからイングランド民謡へ向けて、真ん中にシューベルトを置きながら、パドモアさんの母国イギリスの作品が配された構成です。20世紀を代表するブリテンや、現在活躍しているアレック・ロス、スティーヴン・マクネフの作品までを含み、俯瞰すると、曲同士のさまざまな関連や時代的な目配りを見つけることができる。調性への配慮も素晴らしく、長年にわたって歌の世界を探求されてきたパドモアさんだからこその、知的で洗練された感性が感じられます。共演を念頭に、ギターが伴奏だけでなくDUOの楽器として活躍する曲もたくさん組み入れられていて、最高難易度の技術が要求されるものもあり、ギター好きのお客さまにも、すごく聴き応えがあると思います。僕にとって初挑戦の作品は「2024年の課題曲」に位置づけました。絶対的な練習時間が必要な難曲もあって、なかには譜面を開いた途端に閉じたいくらいのものもありますが(!)、冬から少しずつ準備してきています。“こんな難しい曲をたくさん入れてくださって、ありがとうございます”と思いつつ(笑)、でもそういうことは、本番までモチベーションを維持できる大きな要素ですね。

歌は、楽器の特性からおのずと表現に共通性が出てくる器楽と違い、歌手によってかなり表現に幅があることを経験的に感じています。その意図の違いをどう汲み取ってギターに乗せていけるかが、面白さでもあり難しさでもある。また、歌と合わせるときは、詩への理解が欠かせません。言葉と音が互いのイメージに作用しあって音楽が立ち上がるので、言葉から得る歌の世界観をちゃんと踏まえて、共演者の描く音楽像と向き合うようにしています。言語によっても表現が大きく変わりますし、それはもう、一音一音、非常に細かなところでもあって、今回は主に英語で歌われるなか、言葉や詩の世界に非常に意識の高いパドモアさんが、どうアプローチなさるのか、すごく楽しみです。

大萩康司の写真3

今回のプログラムには耳馴染みのないものも多く並んでいると思いますが、逆に作品が本来もつ魅力を新鮮に感じて、新しい世界を発見していただけると思います。《スカボロー・フェア》も、みなさんがよく知っているものと違ってかなり繊細な編曲ですし、シューベルトのアレンジは19世紀の作曲家によるものもあり、より歌の輪郭が引き立ち、ギターの朴訥さみたいなものも味わっていただけます。ブリテンはオペラ《グロリアーナ》からの作品を演奏しますが、オーケストレーションをギター1本で表現しなければならないので、通常なかなか奏されないような複雑なハーモニーが出てきたりもします。でもそれが実に美しいので、ちゃんと美しいと感じていただけるようにするにはどう弾いたらいいのかこれまでの経験を糧に、自分のなかのいろいろな引き出しを使って、パドモアさんの視点で紐解かれる作品の姿に丁寧に寄り添い、全力で応えたいと思っています。なお、ダウランドはオリジナルはリュートですが、このプログラムはクラシックギターを前提に考えられており、あとで奏される作品との関連もあってクラシックギターで弾きます。留学時代には古い時代の楽器やその背景を積極的に学びましたが、それらを踏まえながら、あくまでもクラシックギターの奏者として、古楽に対しても6本の弦でアプローチしつつ意味ある表現をしたいと思っています。

大萩康司の写真4

パドモアさんとはまだお会いしたことがないのですが、ちょうどいま、コンサートに向けて連絡をとっています。日本では入手しづらい楽譜があったので、思い切って直接メールでご相談したら、彼の人柄そのままなのでしょうね。とても丁寧ですごく誠実なお返事が返ってきました。多くの人に愛されるアーティスト、という印象のとおりで、お会いする前からすでに絶対的な信頼を持っています。ですので、初共演ですが何の心配もしていません。これまでの積み重ねといま持てるものを全部注いで準備したうえで、ある種まっさらな状態でパドモアさんからいろいろなことを吸収できるように整えておきたい。本番まで可能な限り自らに負荷をかけつつ、最善の状態に調整をしてパドモアさんとの時間に臨みたいと思います。そのときが、いまから楽しみで仕方ありません。

*    *    *

“室内楽の殿堂”トッパンホールで、室内楽の魅力と難しさに触れてから20年経ちました。みなさんには今回、成長したさまも聴いていただけたら嬉しいと思っています。憧れのパドモアさんとの初共演、贅沢なことにこのトッパンホール公演しかありませんので、ぜひ聴き逃さずに立ち会っていただけたらと思います。そして欲を言うのをお許しいただけるならば、ギターの音もパドモアさんの歌もとても繊細ですので、できれば開場と同時に客席にお入りください。開演までの30分で、都会の喧騒でマスキングされている状態から耳が解放されて、ベストコンディションでお聴きいただけると思います。当日は舞台上で、刹那刹那、さまざまな音楽の対話で微妙な表現がつくり出されていくはずですので、余すことなく聴いていただきたいと願っています。そして当日、ささやかなサプライズもあるかも知れません。よかったら楽しみになさってください。

(2024年7月)

マーク・パドモア(テノール)&大萩康司(ギター)

2024/10/16(水) 19:00

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