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インタビューInterview

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アンドレアス・シュタイアーの魅力  

寄稿 伊藤深雪 Miyuki Ito

平井千絵 Chie Hirai

シュタイアーの最初の日本人の弟子であり、親友でもある伊藤深雪さん、また、昨年日本での初フォルテピアノ・リサイタル&室内楽で素晴らしい演奏を披露した平井千絵さんからの、アンドレアス・シュタイアーについての寄稿です。


闊達な精神の発露―シュタイアーの魅力 伊藤深雪(フォルテピアノ)

アンドレアス・シュタイアーの演奏を初めて聴いたのは、1980年代半ばのことだった。当時、私はドイツのケルンの音楽大学でモダン・ピアノの勉強を終えたばかりで、フォルテピアノを始めたいと思い、オランダへ行こうかどうしようかと迷っていた。ちょうどその頃、ケルンのフィルハーモニーホールで、ムジカ・アンティクワ・ケルンのコンサートがあって、アンドレアスのチェンバロを聴いたのだった。
その夜、ブランデンブルク協奏曲の第5番が演奏されたのだが、第一楽章のカデンツァになって、2000人を収容する大ホールを埋め尽くす満場の聴衆が彼のソロに釘づけになった。よく知っているはずの曲なのに、まるで初めて聴いたような新鮮さを感じ、シュタイアーの内面から湧き上がるパッションとともに生み出される、霊感に満ちた、「凄み」のある演奏に衝撃を受けた。

「この人に習いたい」「この人と知り合いになる!」そのとき、私は心に決めた。アンドレアス・シュタイアーという音楽家との出会いは、私にとってそれほど運命的なものだった。でも、彼が弾いているのはチェンバロだし、習いに行くといっても‥、と思っていたら、ほどなくして彼がフォルテピアノのリサイタルを開いた。アンドレアスはフォルテピアノを始めたばかりで、そのリサイタルは彼の事実上のフォルテピアノ奏者デビューだったのだ。そのときに弟子入りを申し込み、以来、アンドレアスとの付き合いもかれこれ10数年になる。
その間、彼はムジカ・アンティクワ・ケルンからレザデューのメンバーに変わり、その後独立してソロの活動をたくさん行なうようになった。フォルテピアノ奏者としても、ドイツ歌曲の伴奏も含めて、めきめき頭角を現し、今ではヨーロッパで最も人気の高いチェンバロ奏者、フォルテピアノ奏者であり、日々多忙をきわめている。

アンドレアスの演奏は、とにかく主張がはっきりしていて、迷いがない。そして唯一無二のオリジナリティがある。曲のすみずみまで熟知していて(楽譜の表面上のことに加えて、感情的な側面まで)、なおかつその上にきらりとしたひらめきがある。つまり、知情意のバランスがものすごくいいのだ。それが確固としたテクニックの上に成り立っている。フォルテピアノでいえば、その変幻自在の音色の多彩さは定評のあるところだが、それがいつも感情表現と直接つながっているから、すごく説得力がある。これは彼の演奏がとてもドイツ的だということなのかもしれない。

人となりについていえば、なによりもその精神の活発さ!ドイツ語にノイギーリヒ(好奇心旺盛、興味津々、といったような意味)という言葉があるが、まさに彼は良い意味で「ノイギーリヒな人」である。文学から歴史、建築物にいたるさまざまなことに興味があり、実際よく知っている。それから、ユーモアのセンスがあって、チャーミングで、神経がこまやかで、ものすごく真摯(マジ)なところがある。そんな人となりと彼の音楽が直結しているのも、彼の演奏の魅力である。だから、アンドレアスの演奏はユーモアがあって、神経がこまやかで、ものすごくマジなのだ。

実をいうと、私自身ここしばらく彼のライヴに接していないが、最近のCDを聴くと、ますます円熟味を増してきたように思える。久しぶりの来日に、今からわくわくしている。


私から見た“人間”アンドレアス 平井千絵(フォルテピアノ)

アンドレアスを思うとき、真っ先に浮かんでくる彼の姿がある。2003年盛夏のヴェネチアで。伸ばした両腕をぴったり体の脇に付け、こぶしを握り締めてやや前傾姿勢でフォルテピアノの脇に立ち、受講生の演奏に集中するマスタークラスでの彼。熱っぽく、でも演奏者を邪魔しないようにと控えめにやや後方から楽譜を覗きこんで、演奏者が伝えようとしている表現にじっと耳を傾け、それを汲み取ろうとするその姿は、私にとって初めてのアンドレアス体験となった96年東京でのシューベルト:冬の旅公演のときの彼と重なる。小柄だががっしりした体をちょっと前傾させ、溢れ出んばかりの“音楽エネルギー”をぐっと内に抑えるようにさえ見える表情で足早にステージに現れた。あのときの自信に満ちた緊張感は忘れることが出来ない。そして、彼が第一曲目のGute Nachtの前奏を弾き始めるやいなや、人間的で自然的な、魂に直接訴えかけられるような感動に揺さぶられた私は、私にとっての“一世一代の決意”をしたのである。それまでためらってきたフォルテピアノに“ほんとに触ってみるんだ~!!”と。

終演後、間近でアンドレアスを見た私は、“うわーー話かけにくそ~コワソー”という印象を持った。そしてそれは、その6年後、ケルンの彼のご自宅を訪ねるときまで同じだった。実用的な外観のおうちに入るとまず庭に面した明るいキッチンに通され、そこで音楽や他の他愛もないことについて話す実際のアンドレアスは、礼儀正しい距離を取りつつも自分に正直な、オープンな人だった。が、繊細な人によくある、他人をたやすく受け入れるそぶりを見せない態度からは、彼の感受性の細やかな鋭さを見せつけられるようで、容易に話しかけられないようでもあった。

そして、ベートーヴェンソナタOp.110を弾いたわたしに、じっくりと言葉を選びながら、しかしよどみなく、何時間もに渡って素晴らしいレッスンをしてくれた。そのとき、何よりも一番どきっとしたのは演奏している彼の手、指だった。見ていると、まるで一本一本が別々の命を持ってるんじゃないかと思ってしまう!絶妙なタイミングとバランス感で、確信に満ちた音が生み出され、瞬間にひらめいたアイディアが、あふれて流れていく!

帰りの電車の中で、ハーとため息をつきながらある種のスピード感に圧倒された自分を振り返っていた。レッスンの進め方や話し方がスピーディだったから、というわけじゃなく、なんだか彼の周りにはいつも風が巻き起こっているような印象を受けたのだ。椅子からぱっと立ち上がったり、楽譜棚に譜面を取りに行くときの彼の動きはとてもスピーディで、爽やかなエネルギーに溢れていて、あの冬の旅のステージのときの彼とはまた違う印象だったのだけれど。

そしてその一年後、ヴェネチアの夏と冬のコースでベートーヴェン:ディアベッリ・ヴァリエ?ションのマスターコースに参加したのだが、そこでの彼はとてもリラックスしていて(もちろん受講生たちも)、ジョークなども飛び出したけれど、作品についてのコメントはいつも実用的客観的で、個人的な思い入れや意見といったものは極力出すまいとしているようにも見えた。

が、あるヴァリエーション中に現れる緩やかに何小節かにわたって続くクレッシェンドのあと、はっと息を飲むように現れるPのマーキングについて、受講生が彼の意見を求めたとき、彼にしては珍しく個人的なイメージを話したことがあった。

やっとの思いで自分の思いを口に出して打ち明け始めることのできた彼が、自分の耳で自分の発した言葉に驚き、頬をパッと赤らめて口をつぐむようなそんな場所なんじゃないかと僕は思うんだけどな。だから、ある種のシャイさが必要なんじゃないかな。

またもうひとつ、象徴的だったのは、シューベルトとベートーヴェンの違いについてディスカッションしているときのことだった。

「シューベルトはね、シャイじゃないと思うんだ。躊躇無く自分の感情を(作品上で)前に出せた人だったと思う。でも、ベートーヴェンは違うと思わない?思いを口に出すまでは努力して努力して、大変な思いをして、それで、必要以上に大きく言ってしまったり、英雄的な気分にならないと言えないからそうなってしまったりすることがある。」

なるほどねと思いながら、私は音楽についてではなく、アンドレアスという人間について思いを巡らせていた。果たしてアンドレアス自身はシャイな人なんだろうか、と。そんなことを思って彼の顔をじっと見ていたら、受講生の一人と目が合った彼は「ん?なにか半信半疑だと言う顔をしているね」と言いながら、実際顔を赤らめたのである!!

アンドレアス・フィーバーだと言われればそれまでだが、私はやけに嬉しくなってしまった。足早に現れて、完璧主義者で冷たいとさえ見えるマナーで、瞬間にかける真剣勝負に挑むようにステージをこなす彼の、また別の一面を垣間見た気がしたのである。

彼が大好きな国・日本では、いったいどんな面を見せるのだろうか。いずれにしても、彼は全力投球で自分の全てを瞬間に注ぎ込むだろうと思う。日本で会えたらいいのにね、と言った彼の笑顔を思い出すたび、私も聞きた~イ!!とじたばたしてしまうのである。

人間アンドレアスを感じられるすごいチャンス、一人でも多くの人たちがその幸運を手に入れられますように。 そして、私は“うらやましーぃ!!”と叫びながら、オランダでCDを聞くんだろうな。じたばたしながら。

〈ベートーヴェンとシューベルト〉〈ライナー・クスマウル プロジェクト 2〉ライナー・クスマウル&アンドレアス・シュタイアー デュオ コンサート

2004/6/14(月) 19:00

ライナー・クスマウル(ヴァイオリン)/アンドレアス・シュタイアー(フォルテピアノ)

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