TOPPAN HALLTOPPAN HALL

MENUCLOSE
 

TOPPAN HALL

TOPPAN HALLTOPPAN HALL

MENUCLOSE
 

TOPPAN HALL

インタビューInterview

Back

なぜバッハを弾き続けているのか、
今回のシリーズで分かるといいなと思います

鈴木優人(チェンバロ) Masato Suzuki

きき手=
西巻正史(トッパンホール プログラミング・ディレクター)
文=
トッパンホール

ここのところご活躍が際立っていて、あちらでもこちらでもお名前を目にします。本当にお忙しいでしょう。

鈴木: 暇になると具合が悪くなるタイプです(笑)。でもさすがに、最近は休みを取らなきゃと思うようになりました。

そんななか今回は“お帰りなさい”、かな。チラシにも書かせていただいたのですが、「父のホームグラウンドがオペラシティなら、ぼくの出発点はトッパンホール」と言ってくださっています。主催公演への初登場は2007年のニューイヤーコンサートでした。

鈴木: 秀美さん(叔父・鈴木秀美氏)指揮のチェンバー・オケに通奏低音で出て、《コシ・ファン・トゥッテ》の抜粋をやりましたね。そのあとの〈ランチタイムコンサート〉も懐かしいな。北村朋幹くんたちと若手メンバーで臨んだ2011年のニューイヤーも思い出深いです。《こうもり》のアレンジをアンコールで弾いて。今回、すごく久しぶりにトッパンホールでチェンバロを弾くので、今からワクワクしています。

トッパンホールにはどんな印象をお持ちですか?

鈴木: グスタフ・レオンハルトの公演を聴いたときや、自分が舞台に出ていても感じましたが、チェンバロとの相性がすこぶるいいホールですよね。チェンバロは、舞台と客席に一体感のある空間が理想ですが、トッパンホールは一体感が高くて、お客さまと楽器の距離がすごく近いし、まるでお客さまに囲まれて弾いているような気持ちになります。音響もとてもクリアで残響が程よくあって、細かいニュアンスも伝わりやすい。フーガなどを集中して聴いていただくには実に適した空間です。コンサートに慣れていない方でも音楽に集中しやすいと思いますね。

今回は、3年で3回バッハを弾きませんか?とご提案しました。今回のプロジェクトについて、どう感じていらっしゃいますか?

鈴木: サプライズでした。そんな声がけをしてくださるのは、トッパンホールしかないですよ。僕にというのもさることながら、バッハのチェンバロ作品でシリーズを組もうという。もしバッハでコンサートとなっても、どうしてもお客さまが聴きやすい、トッカータやフーガ、ゴルトベルクなどを望まれることが多いのですが、それだけではバッハの良さは伝えきれないと感じていて、本当に嬉しいです。

実は、最初にいきなり《平均律》が出てきたので、よっぽどこういう場に飢えているというか、求めていらしたのかなと思いました。気合いを感じて、こちらも嬉しいです。

鈴木: 平均律の第1巻は、まとまった曲集のなかでは一番弾いています。バッハのかなり初期の、最初の集大成みたいな曲集ですよね。37歳のころに作曲しているのかな。いまの僕と年齢も近いし、シリーズのスタートに相応しいと思いました。

最初に弾いたのはいつですか?

鈴木: コンサートで弾いたのはたぶん、20代だったと思います。その後も何度か弾いていますが、こうしてガッツリ向き合うのは初めてかもしれません。平均律との出会いは、子どものころに誕生日プレゼントで父(鈴木雅明氏)からもらった第1巻のCDでした。本当は、トン・コープマンの1巻とレオンハルトの2巻をくれようとしていたらしいんですが、間違って買ってしまって両方とも1巻だったという(笑)。この2枚のCDが僕の原点とも言えますね。ピアノのレッスンで平均律を習ったときは、家でチェンバロで弾くのと、先生のところでピアノで弾くのとで、葛藤していた時期があったな。ピアノではどうも、うまく弾けなくて。

どういうところがですか?

鈴木: 父がチェンバロで弾くのをずっと聴いていたし、僕自身もチェンバロで一番弾いていて。チェンバロのやり方に慣れていたので、まったく別のアプローチで弾かなければならないことに違和感があったんです。ピアノで弾いてもいい曲には変わりないですし、いまもピアノで弾くことはあります。でもチェンバロという楽器の良さである、音が即興的につながっていく感覚や、フーガみたいに高度な情報処理が必要な曲では、やっぱりチェンバロのために書かれた作品なんだと実感するんですよね。

ピアノで弾くと、どういうところが引っかかるのでしょう。

鈴木: ピアノは打鍵によって一音一音、音量の違いがつくれるので、ある声部を際立たせたり、沈ませたりということができますが、そこが逆に障害になるんです。チェンバロはそれができないので、必然的に全部の声部を平等に歌うことになる。すべてをくっきりアーティキュレーションすればするほど、フーガとして立体的になっていきます。そもそもチェンバロは通奏低音を担う即興的な楽器で、当時はソロを弾くほうが例外。バッハも通奏低音としての可能性を追求していただろうし。面白いのは、バッハの譜面は完璧なんですけど、弾き手に想像の余地を残している。たとえば、あるテーマでフーガを即興しようとしたときに、良いものになるよう磨けば磨くほど、彼の譜面に近づいていくような感覚があります。即興演奏のひとつのモデルケースとして、楽譜があるような。書かれている通りに完璧に演奏することも大事ですが、そこには必ず即興的要素がある。だから、チェンバロで弾くと納得がいくのかもしれません。楽譜のリアリゼーションとしては、ピアノでもオルガンでも、アコーディオンだって可能なんですけどね。バッハをピアノで聴いたときに、すごく好きだと感じることは少ないです。むしろ趣味で、ピアノで弾くバッハは楽しいですけど(笑)。

*    *    *

お父さまの鈴木雅明さんといえば、バッハ。優人さんは必然的に、生まれたときからバッハに接してきたと思いますが、それはとても特殊なことですよね。

鈴木: 父も最初からバッハだけに取り組んでいたわけではなくて、いろいろなバロック作品をたくさん弾いていたのですが、バッハ・コレギウム・ジャパンができて、カンタータを連続演奏するようになったころからかな、家庭内バッハ濃度が常に最高値を示すようになりました(笑)。バッハを演奏することが親の生活そのものなので、当たり前というよりも、もっと生々しかったですね、バッハの存在は。

それに抵抗したり、反抗した時期はなかったんですか?

鈴木: ありませんでしたね。父とはいつも音楽室の取り合いになっていたくらいで。父が原稿を書いている横で僕がピアノを練習していると、集中できないので「うるさい!」みたいなこともありました。バッハやチェンバロを弾いていると、特にいろいろ思うようで口を出してきたりね(笑)。でも、音楽家になるかどうか、判断を突きつけられたりはしませんでした。それはよかったのですが、家にバッハやチェンバロがある環境で育ったので、バッハに帰るとホッとすると同時に、なぜチェンバロを弾いているのか、なぜバッハを弾くのか、僕のなかで整理されていない部分もあります。だから今回のシリーズで、その意味を見つけることができたらいいな、と思っています。

月並みですが、バッハの魅力とはなんだと思いますか?

鈴木: いわゆる“艶やか”みたいな魅力があるのかはわかりませんが、バッハはものすごく気配りの人だったと思います。たとえば、フーガ。演奏に携わる全員が心地よくかつ音楽の仕組みに等しく貢献できるように書かれています。ヘンデルのように、いつの間にかソプラノとバスしか格好良くない、みたいなことにはならないのが魅力ですね。みんなが等しく活躍する調和とでも言いましょうか。一瞬にして虜にするような魅力とは違いますが、人間や社会が神のもとに営んでいくべき理想的な構造を、音楽によって示しているところがすごいと思います。受難曲やカンタータのほうが、レチタティーヴォやアリアがあってキャッチーですが、そういうものを一切省いて、平均律は序曲とフーガだけという。プレゼンテーションとしては、めちゃくちゃストイックだと思います。みんなが活躍できる構造と調和を保っているところは、いまの日本に必要なものという気がしますね。

ひらかれた社会参画と調和みたいな感じですね。

鈴木: バッハの時代も社会問題はいっぱいありましたが、音楽やクリエーションの調和がより美しい理想像を示すことはあったと思います。バッハの音楽は完璧で、そういったイマジネーションを持っているので、演奏を聴くと心が整う効果があります。演奏しているほうは必死ですけど。全部のパートを歌いながら、いいアーティキュレーションで弾くことは、物理的に大変なんです。プレリュードでフーガ的な要素が入ってくると緊張感が増しますし、逆にプレリュードに伴奏やメロディー、アリアなど躍動感のある動きがくると、フーガのバランスから解き放たれて世俗的な感じになります。フーガもいろいろで、すべて教会カンタータをイメージする必要はないですが、教会カンタータは冒頭楽章に必ずフーガが入っているので、どうしても連想しちゃいますね。

それは面白いことを教えていただきました。ところで、優人さんも作曲をされますが、優人さんからみた作曲家としてのバッハはどんなイメージでしょう。

鈴木: 僕とバッハを比較するのはおこがましいですが、カンタータを書いているときの彼は忙しかったでしょうね。毎週のことなので、次の週、そのまた次の週のことも頭に入れながら、もう考えるより先に筆が動いていたと思います。でもめちゃくちゃ忙しいからといって、作曲に対して手抜きは一切ないところがすごい。以前、カンタータ第190番の喪失楽章の復元をしましたが、ちょっと手がけただけでも彼の作曲がいかにすごいか実感しました。新年のカンタータなので、クリスマスが終わったあとの数日でこの曲を書いていると思うとクラクラしました。こっちは1か月以上かかっているのに、信じがたいパワーだなって。短いスケジュールのなかで作曲し続けていたことを考えると、健康な人だったんだと思います。ちょっとでも病気になったら、毎週の予定はこなせない。そういえば、バッハの骨から再現されたという彼の顔を見たんですけど、それはそれは厳つい顔をしていました。ギラギラって感じで。相当エネルギッシュな人だったでしょうね。

*    *    *

ではここで、優人さんが選ぶ『バッハの五大名作選』をお願いします。

鈴木: えー! 難しいな、そうですね、一番は、「カンタータ第127番 ソプラノのアリア」。冒頭の部分だけで泣けてくるほど、最高の名曲です。歌うのは死ぬほど難しいと思いますが。次は「イギリス組曲第2番 イ短調〈サラバンド〉」。こちらものっけから泣けますね。3曲目は「Aus Liebe(マタイ受難曲 BWV244より)」。ゆっくりな曲ばかりだから4曲目は「ヨハネ受難曲第24番 アリア」。最後は営業目的で(笑)、「平均律第1巻 第24番 ロ短調(h-Moll)」。Dur(長調)の曲がひとつもなかったな。

だいぶマニアックな選曲ですね(笑)。では、平均律第1巻のなかで一番惹かれるDurとMollを。

鈴木: Mollはf-Moll(ヘ短調)です。先ほど挙げたh-Moll(ロ短調)も好きですが、h-Mollは偉大な作品という感じで、f-Mollは単純にとても惹かれます。Durは難しいけど、D-Dur(ニ長調)かな。非常に明るくて、フーガはちょっとしわくちゃな感じで。

もし、いまの時代にバッハが生きていたら、どんな企画を一緒にやってみたいですか?

鈴木: お、一緒にやっていいんですか!? 一緒にやるなら、チェンバロのコンチェルトを。2台、3台、4台と。

面白そうですね。では、雅明さんと3台を、4人目は誰にしましょうか?

鈴木: うーんエマニュエル・バッハで。すごい! トッパンホール特別プロジェクトだ。

最後に、公演への意気込みをお聞かせください。どんなふうにお客さまに聴いてほしいですか?

鈴木: まずは11月の最初の回で、平均律クラヴィーア曲集第1巻を全曲弾かせていただけるのを、いまからとても楽しみにしています。弾いたことのある方はご存じだと思いますが、この24曲は、難易度も長さも、構造も全く違う曲の集まりで、ひとつひとつにプレリュードとフーガついているところが面白い。それぞれが千夜一夜物語みたいな捉え方もできるし、全曲を通して弾くことで、ひとつのリズムのようなものも感じます。ミクロコスモスとよく表現されますが、いろいろなプラネットが光っていて、それがつながった立体的なひとつの絵のように感じていただけたら嬉しいです。バッハのフーガは、声楽作品のショーケースみたいな感じ。いろいろな調性があってテーマもさまざまですが、決してベートーヴェンのように歌いにくい音域になることがないので歌いやすいのが特徴。つまり、フーガには歌を感じていただきたいですね。リハーサルを重ねて、結果的には順番に弾いていくと思いますが、まだ自分のなかで見通せている曲とそうでない曲があるので、本番までにそれを埋めて、新しい地平がみえるように準備していきます。24の調をぐるっとめぐって、最後にどんな感覚にとらわれるのか、楽しみに聴いていただけたら嬉しいです。

この曲集には、教育的視点で書かれた部分もあると思いますが、調性をめぐるという点は後世に大きな影響を与えています。調律はどのようにされますか?

鈴木: 24の調をめぐるという構造は、当時の世界観のなかですごく革新的なことだったと思います。ショパンやショスタコーヴィチなどたくさんの作曲家が、この構造にロマンを抱き、シェーンベルク等の発想の原点にもなっていきました。バッハは前に書いた作品を使いまわすことがあるのですが、平均律に関しては、その後の作品に流用することがありませんでした。この曲集をとても大事に特別に思っていたことの表れでもあるでしょうし、やっぱりチェンバロのために書いたという意識が強かったのだと思います。調律法の話になりますが、平均律だと移調しても同じになってしまうので、おそらく偏った調律で演奏すると思います。5度が均一でない、4分の1、6分の1とか、いろんな調律法を試してみたいと思っています。そういえば「平均律」ってバッハが発明したと思っている方も多いかもしれませんが、タイトルにある“Wohltemperierte”は“よく調整された”という意味であって、「平均律」という発想の原点をもたらした、というほうが近いと思います。

そうですね。実は、トッパンホールでの平均律の全曲演奏会は2005年の雅明さんによる第2巻以来で、第1巻は今回が初めてなんです。

鈴木: そうなんですね、それは光栄です。この時期は、バッハにどっぷり浸りたいと思って、スケジュールも万全に調整しました。独奏でチェンバロを弾くのも久しぶりですし、没頭する時間がいまから待ち遠しいです!

(2021年8月)

鈴木優人(チェンバロ) J.S.Bachを弾く 1 ―平均律

2021/11/11(木) 19:00

このページをシェアする♪

Page top

ページトップへ