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インタビューInterview

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山根一仁の写真

バッハは一生涯のテーマ
遺伝子が求めてしまうほど魅力的な存在
トッパンホールプレスVol.116より

山根一仁(ヴァイオリン) Kazuhito Yamane

写真=
藤本史昭
取材・文=
トッパンホール

ついに、バッハへの挑戦のときが訪れましたね。

はい。実はバッハは、いちばんと言えるくらい身近に感じる音楽なので、すごくワクワクしています。全曲は初だし、初めて弾く曲もあるので自ずと身構えるところはありますが、生涯をかけて学んでいく作品の最初の一歩、きっと特別な演奏会になると思います。

8年前、〈エスポワール〉Vol.1での人生初の無伴奏のときに、“何もないステージに立ってみたい”と、凛と仰っていたのを思い出します。

ぼくはコロナ禍で独りぼっちになったときに、いいことがまったくなかったと思ったくらい、ひとりでは生きていけないタイプ。室内楽やオケなど、共演者と呼吸や気持ちを合わせて、そのときにしか生まれない音楽をつくることに、ものすごく喜びを覚えます。ただ、ぼくは本番中でも作曲家に質問しまくっているのかも知れなくて、そこでパッパッと生まれる閃きを、探したり捕まえたり表現したり…ということが、共演者と一緒だと簡単にはできない。ひとりきりで否応なく音楽に集中し続け、ひたすら自分と作品に向き合う無伴奏だとそれが思うようにできるので、いちばん自然体でいられる、という点で、唯一ひとりになりたい場所なのかも知れません。…きっと、無伴奏くらいでしか独りぼっちになりたいとは思わないんだろうな…。いま気がつきました(笑)。

身近に感じるという、バッハの魅力とは何でしょう。

ひと言で表すのは難しいですが、“自然=nature”を感じるからだと思います。ぼくは北海道生まれで、もともと自然が好きでしたが、ドイツ留学してから自然に触れたい意識がとても強くなりました。ぼくのバッハ演奏は自然からインスピレーションをもらっていると思うし、バッハに接するたびに、自然を求めて旅したくなったりもします。遺伝子レベルというか、生物としてバッハの音楽が合うというか…。以前、屋久島にひとり旅した時には「あ、バッハだ」と思った瞬間がとてもたくさんありました。原生林に覆われた島全体はとても野性的で荒々しく、鬱蒼とした森のなかには、2~3mくらいある大きな岩がゴロゴロしている。でも近づくと、フワフワした苔に水滴が光って反射している。繊細さも含めた動植物の躍動感というか、ちょっと怖さを感じるくらいの地球本来の生命力を全身で感じました。そして、そのなかに潜む美しさやそこに感じる奥行きが、すごくバッハな感覚だったんです。でも、“自然”であろうとすることはすごく難しくて、一生のテーマだとも思います。“自然”がすごく自由で決まった形がないのと同じように、バッハも自由でいろいろな遊びを受け止めてくれます。でも自然もバッハも、基本やルールに忠実。難しいからこそ追求し続けていきたいですし、それが魅力です。

今回のプロジェクトは2回にわたりますが、先にパルティータとなりました。

パルティータとソナタを組み合わせることも考えましたが、まだバリエーションを探せるほど経験がないので、まずはパルティータでまとめました。1、3、2の順にしたのは、やっぱりシャコンヌで終わりたいと思ったからです。

初めて演奏するのは?

1番です。ぼくにとってこの曲は大人のイメージで、ドイツに行ってから勉強できてよかったと思います。クリストフ・ポッペン先生から舞曲的なことなどを教えていただくなかで、テンポ感も変わりました。プレストの華やかさや技巧的な部分は聴衆を惹きつけるので、それをいかに美しくまとめられるかを考えつつ、パガニーニが弾かれるときのように技巧に走りすぎても、それは演奏家のエゴで音楽の本質ではないですし。技巧の高さって、“感心”はさせられても、それは“感動”とは違いますよね。技巧的なことだけだと、感心にとどまると思うんです。ぼくは感動していただきたいし、自分も感動したい。技巧を超えたところで、自然さ、自由さをどこまでバッハの表情に合わせられるかを大切に考えています。

ポッペン先生はどんな先生ですか? いい刺激を受けていらっしゃるのですね。

先生がぼくにどういう印象を持たれているかは分かりませんが、本番を聴いてくださったときに、ご自分が教えたことを無視してぼくが遊び心を出したとしても、「よかったよ」とポジティブな言葉をかけてくださるような先生です。レッスンでは本当に細かくて、楽譜に書かれたとおりに!と厳しくて遊ばせてもらえない。留学当初は、自分の直感を出したい気持ちと、楽譜に忠実であることのバランスにすごく苦しみました。でもそれは、基本を知ることの大切さを学ばせるために課されている試練なのだと、いまはそう思います。
コロナ禍の難しい状況を経験して、音楽家の存在意義は、音楽の素晴らしさを“人の心”に届けることにあると、改めて思うようになりました。ぼくが音楽を続けるモチベーションのいちばんはこれまでも、人に音楽の素晴らしさを伝えたい、ということで、いいラーメン屋さんや焼き肉屋さんを人に教えたくなるのと一緒で、いい音楽があるということをみんなに知らせたい、届けたいと思ってきました。でも以前は、演奏する意味を、作曲家の思いを正確に表現することや自分の音楽を追求することなど、どれかひとつに考えがちな傾向もあって、聴いてくださるかたに寄り添う気持ちが弱かった面があったかも知れません。でもコロナ禍を経たいまは、ぼくの演奏を通して、音楽に触れて喜んでいただけることの意味や使命感を強く感じています。

山根さんの無伴奏は、これまでも得難い足跡をトッパンホールの舞台に刻んできました。今回はまた、いっそう特別な時間になりそうですね。

バッハは自分の現在地がいちばんわかる作曲家でもあるので、その日その時間、舞台で思う存分集中して弾けるよう、よく準備したいと思います。3曲それぞれの新しい側面を見つけること、どう表現していくか。本番での発見もあるでしょうし、本当に楽しみです。
ぼくもだんだん人生が長くなってきて、ぼくがこれまで歩んできた時間の積み重ねが、演奏にも強く投影されるのだなと、改めて感じています。作曲家や作品と真摯に向き合うことはもちろん、自分がいろいろなものをしっかり感じてちゃんと生きていくことが、お客さまの心に何かしらの感情が生まれたり、音楽に触れる喜びを感じていただけることにつながっていくのかも知れない。そんな思いも胸に、今回の舞台へ向かいたいと思います。

(2022年1月)

山根一仁(ヴァイオリン)
J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ全曲演奏会 I

2022/3/2(水) 19:00

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