インタビューInterview
新生インテグラ、
第2章への航海のはじまり
トッパンホールプレスVol.128より
クァルテット・インテグラ Quartet Integra
- 聞き手=
- 西巻正史(トッパンホール プログラミング・ディレクター)
- 写真=
- 藤本史昭
- 取材・文=
- トッパンホール
昨年のリゲティ・プロジェクト(5月)、開館23周年バースデー公演(10月)で、研ぎ澄まされた集中から繰り出す、息もつかせぬ強靭なアンサンブルが鮮烈なインパクトを与えた、クァルテット・インテグラ。この5月から、そんな彼らとの新プロジェクトが始動します。初回公演を前に、クァルテット結成から今回のプログラム、さらに新メンバーへの想いまで、たくさんのお話を聞きました。
昨年は2公演にわたって、非常に強い印象を残していただきました。いまもお客さまや関係者間で話題にのぼるほどですが、トッパンホールで弾いてみて、印象はいかがでしたか?
菊野: 僕はドヴォルジャーク(*)も含めて3回、ステージに立たせていただきましたが、作曲家の意図や作品の持つ響きが自然に現れる印象を持っています。リゲティの弦楽四重奏曲第1番のときは透き通った音の響きがつくりやすかったですし、バースデー公演の《死と乙女》では、お客さまも巻き込んでのグルーヴを感じました。曲ごとの雰囲気をつくるというより、表現“できる”事を感じさせてくれるホールと言いますか。
三澤: トッパンホールは、ほかでは聴けないプログラムをやっている印象があります。オール・リゲティなんて、わたしは大好きですが、お客さまが来ないんじゃないかって思ってしまう。でもまったく逆で、めちゃくちゃ熱狂的なお客さまがたくさんいらしていた。《死と乙女》のときもとても盛り上がって、まるで海外のホールで演奏している気分でした。熱い方たちが集まる場所なんだと思いましたし、すごく貴重な体験で嬉しかったです。“ここなら何でもできる!”と思わせてくれました。
山本: リハーサルのときから“このホールには独特な雰囲気があるな”と感じました。ほかでは感じない、いい意味での緊張感のような空気が満ちていますね。
世界各地のホールと比べて、どんな違いを感じますか?
三澤: ステージと客席で聴こえ方のギャップが大きいホールは弾いていて大変ですが、トッパンホールは、自分に聴こえている音がそのまま客席に届くので、安心して本番に臨めます。
菊野: どんな場所で弾いても、ちゃんと「インテグラの音楽」を伝えたいわけですが、その難しさはなかなかです。
山本: 響きの量が違うとテンポも変わってきますし、ホールで弾くときはそのバランスの調整が毎回難しい。リハーサルでできるだけホールの音響特性をつかむことが大事になりますが、トッパンホールではそこに割く時間が少なくて済みます。
苦しくも楽しい、“室内楽の魔力”から逃れられない
苦しくも楽しい、“室内楽の魔力”から逃れられない
5月の公演でも、ホールでのリハで存分に表現を磨いていただければと思います。クァルテットはいま、何年目ですか?
菊野: 一緒に弾き始めたのが2015年ですから、9年経ったのかな。山本くんからメンバーそれぞれに声がかかって、当時、僕と三澤さんは高校2年生、山本くんは大学1年生でした。僕はそのときにはまだ、クァルテットをちゃんと聴いたことがなかったんですけど、活動していくなかでどんどん好きになっていきました。
三澤: 私はもともとアンサンブルが好きで、クァルテットを弾いたのも早くて、最初は小学2年生のときでした。当時教えていただいていた佐々木歩先生の旦那さま、佐々木亮先生と発表会でご一緒してハイドンの1stを弾いたんです。それがきっかけで、ぐんぐんのめり込んでいきました。クァルテットはアンサンブルが最大限に楽しめるジャンルだと、以来ずっと感じています。
山本: 僕は高校に入ってからクァルテットでヴィオラを担当するようになり、それがとても楽しくて、ヴィオラへの転向を真剣に考えたんです。ヴィオラよりも先にクァルテットへの想いがあったと言えるかもしれません。早くからクァルテットとして活動したいと思っていて、みんなを巻き込みました。
三澤: 引っ張られました(笑)。その頃、ソロを大変だと感じていたので、クァルテットが救いの場所になっていた部分もあり、山本くんに「このグループをなくしてはダメだ!」と言われて彼についていった結果、いまがあるという感じです。
山本: 実はそう熱い話でもなくて(笑)、桐朋学園では室内楽のグループは1年ごとに更新していくシステムなので、最初の年だけで辞めようとしていたのをまだ続けたい、と思って引き止めたんです。
楽しさの反面、つらいと感じることもありますか?
三澤: 最初はつらくなかったな。
山本: ここ数年ですね、そう感じるようになったのは。いつも必死です。
菊野: 結成から2~3年はただただ楽しくて、ソロのときよりも本当の自分になれるような感じがして、いつの間にか室内楽にどっぷり浸かっていました。最近は楽しさに加えて苦しさも増えてきて、でもその苦しさを求めてしまう部分もあって、つらい淀み、みたいなものからなぜか離れられない。これが“室内楽の魔力”か…って。
まさにヌマってますね。実にいいです。その後、2021年にバルトークで優勝、2022年にミュンヘンで第2位と著名なコンクールで名をあげられたあと、現在ロサンゼルスに留学中ですね。日本だけでなくアメリカ、ヨーロッパでも公演されていますが、広く演奏活動しながら学んでる人って、あまりいないでしょう。
山本: 学ぶための留学なので、一定程度はアメリカにいられるようにしています。
菊野: 学内のコンサートも結構ありますしね。幸いにも学校の真上に寮があって、24時間音出しできるので、いつでも会ってあわせられる環境です。
4人の個性が混ざり合うことで生まれる音楽が、私たちの強み
4人の個性が混ざり合うことで生まれる音楽が、私たちの強み
新メンバーのパクさんも同じ学校ですよね。どんな方ですか?
菊野: まだ21歳ととても若いですが、クァルテットをやりたい、という強い気持ちを持った人です。作品の本質を本能で捉える力があって、僕もわりとそっちのタイプなのでシンパシーを感じています。
三澤: いちばん若いのに、精神年齢はいちばん高い。リハーサル中、たまに意味のない言い合いをしていると、「時間が減ったよ」と冷静に言われて我に返ったり(笑)。
山本: 僕は、彼女がピアノ・トリオを弾いているのをずっと聴いていたんですが、クァルテットのほうが絶対合うのになぁ、と思って声をかけたんです。クァルテット脳を持っているというか、こちらが投げかけたことを瞬時に理解して返してくれるので、一緒にやればやるほど音楽が無限に拡がっていく気がする。僕らのなかに新しい脳みそがひとつ増えた感じで、新しいインテグラの誕生に自分たちで期待しています。
それは、ますます無敵になりそうですね。では、今回のプログラムについてお聞きしましょう。
山本: 初めての単独出演にあたってバルトークをご提案いただき、ならば、バルトーク・コンクールでも弾いた、僕たちの強みがいちばん活かせる第5番をやろうと。この曲は複雑に入り組んだ部分があって…。
三澤: 4人の個性が混ざり合うようなイメージ。
山本: そう。この曲にはすごく速いフーガがあって、規模感や音量からみてもプログラムの最後に弾くのが一般的だと思いますが、ベートーヴェンにプライオリティを置いている感じを出したかったので、あえてこの曲順にしました。ベートーヴェンは後期だとさすがに重たすぎるし、バルトークと変にぶつかってしまう気がしたので、C-durで長すぎない《ラズモフスキー第3番》を合わせたんです。バルトークの凝縮度の高い音楽と、ベートーヴェンのポジティブな気質が表現されている《ラズモフスキー》。作曲家の対比が面白いんじゃないかな、と。聴きなれているはずのベートーヴェンが、きっとフレッシュに聴こえると思います。
バルトークとベートーヴェン、作曲家ふたりの対比が面白いプログラム
バルトークとベートーヴェン、作曲家ふたりの対比が面白いプログラム
ベートーヴェンは初期を組み合わせて、バルトークは最後に置くだろうと想像していたので意外でしたが、素晴らしい発想です。ドビュッシーはよく弾いているんですか?
菊野: 結成年に取り組んだ曲で、何年かに1度は必ず弾いています。
三澤: 初めてのコンサートで弾いたのもドビュッシーでした。
菊野: バルトークとベートーヴェンは僕らのコアだと思っていて、いつもプログラムのベースとして考えています。そこに、クァルテットとして最初に取り組んだドビュッシーを組み合わせた今回の内容は、僕らの第2章の始まりとして相応しいのかな、と感じています。
山本: ホールからの提案を受けてつくったプログラムですが、自分たちにとって大事なコンサートで、プログラムにも思い入れがあります。日本だけで活動していたらこういうプログラムは思い浮かばなかっただろうし、クァルテット・インテグラがどういうグループなのかを知ってもらえる良い機会だとも感じているので、力を注いで臨みたいと思います。
来年以降もステージが続きますが、今後取り組んでみたい作品はありますか? たとえば、20世紀、21世紀の作品はご自身たちとの距離感としていかがでしょう。
三澤: 常に触れていたいと思っていますし、もっと挑戦していきたいです。もしかしたらそっちのほうが生き生きしているかも。
菊野: そういえば、昔、ハイドン全曲やってみたいって言ってなかったっけ。
三澤: 今もチャレンジしたいとは思ってるけど…。えっ、次はハイドンと現代曲!?
山本: レパートリーの幅広さは大事にしたいと思っていますが、でも、現代曲のグループにはなりたくないし、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンのグループにもなりたくありません。バルトークを軸にしつつ、古典と現代にチャレンジできればいいですね。
“弦のトッパン”としては、ショスタコーヴィチへの関心もお訊ねしたいです。
菊野: 実はまだ、1曲しか取り組めていません。
山本: けどやってみて感触が良かったので、バルトークとは全く違う世界ですが、いつかショスタコーヴィチ全曲に取り組めたらと思っています。でも作品が多いので、どこから手をつけたらいいのやら…(笑)。
ではそれは、いつかの未来に。まずは5月、楽しみにしています。
(2024年1月取材)
*〈ランチタイムコンサート Vol.111〉サマースペシャル(2021年8月24日)
クァルテット・インテグラ
2024/5/30(木) 19:00
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