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インタビューInterview

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トマシュ・リッテルの写真©T.ZYDATISS

特別寄稿・川口成彦
「古楽への想い、強く熱く
TOPPAN HALL PRESS Vol.135より

トマシュ・リッテル(フォルテピアノ) Tomasz Ritter

文=
川口成彦(フォルテピアノ奏者)

ショパン・ピリオド楽器コンクール&ブルージュ国際古楽コンクールを制したポーランドの俊英が、いよいよ登場します。今回は、主催公演にもたびたび出演している気鋭のフォルテピアノ奏者・川口成彦さんが、親交の深いリッテル氏の魅力について、同じ古楽奏者としての視点からご寄稿くださいました。


昨年8月にトマシュ・リッテルがブルージュ国際古楽コンクールで優勝したという大変嬉しいニュースが届きました。第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールでの優勝の後に、歴史あるブルージュのコンクールに参加することは色々プレッシャーもあったのではと想像しますが、その選択には彼の「古楽」というものへの熱意を私自身感じていました。
我々が生きる現代というのはピリオド楽器やピリオド奏法といったものが「特別すぎる何か」ではなくなってきており、モダン楽器や古楽器の境目もなんとなく薄まってきているように思います。それゆえに演奏会やレコーディングという「現場」において、普段モダン楽器に特化しているような演奏家も気軽に古楽器に挑戦出来るような土壌が出来上がってきているでしょう。それは社会の流れとしてはとても好ましいものであることは間違いありません。しかし例えば、楽器だけがモーツァルトの時代の物になりながらも、演奏者の脳みそが完全21世紀状態では、「現代型モーツァルトfeat.古楽器」という新種が創造される方向に至ります。それは「古楽」に本来求められていたであろうものとは異質のもので、まさに「多様性」が謳われる現代を象徴する文化的産物です。

古楽器で昔の作品に真剣に取り組もうとする場合、楽器以上に演奏者の脳みそや精神が「ピリオド」状態に少しでもなれるかがかなり重要です。そしてそこが最大級に難しいところ。様々なアカデミックなことは知らないより知っていた方がもちろん良いです。また、タイムスリップしなきゃ本来完全に知り得ないような昔の時代の感覚や演奏語法、音楽との向き合い方などなどに共感し、それらを体現しうるセンスも必要です。「体現しうる」と言っても、それが出来ているか否かはタイムマシーンが発明されない限り分かりません。けれど体現したいと思う精神が、作品や作曲家へのリスペクトに繋がり、それこそが「古楽」の核となると私は考えています。

コンクールというものが若者のキャリア形成のために大きな影響力を持ってしまっている資本主義の現代社会では、若者は芸術のことだけを考えたい思いを抱えながらも、どうしても「世に出る」ためのきっかけに対して意識を向けなければなりません。もちろんそのようなものとは無縁に生きる選択も出来ますが。古楽器を用いた多様な音楽のあり方があふれている今日において、リッテルがブルージュのコンクールに挑戦したことは、「ショパンを古楽器で弾く」という社会的イメージだけではない「古楽器奏者」として自身の未来を強く思い描いていたからだと思います。「第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールの優勝者」にとどまらない「古楽器奏者トマシュ・リッテル」を自ら世界に提示出来たことは、何より彼の「古楽」への情熱が大前提となっているでしょう。

ところで私は、彼が2023年に国立ショパン研究所(NIFC)のレーベルからリリースしたCDの中のショパンの《スケルツォ第1番》を聴いた時に強い衝撃を受けました。使用楽器はNIFCが所有する1819年のグラーフ(復元:ポール・マクナルティ)。ショパンがパリでの生活を始める前の時期にウィーン式(はねあげ式ハンマーアクション)のピアノで作曲されたと推測出来るこの作品は、未だウィーン式ピアノでの録音は稀少です。まさに作品像を描くに相応しい1820年ごろのウィーン式のピアノを使用したリッテルの録音はかなり貴重で、私自身グラーフの特性を活かし切った見事な演奏に衝撃を受けました。私も演奏会で実際使用したことがあるピアノだったので、「トマシュ、おぬしやりおるな」という感情で嬉しさが込み上げました。まさに私が今まで出会ったことのない《スケルツォ第1番》の世界を彼が見せてくれました。
「古楽」の面白さはここにあります。聴き慣れた作品も全く新しいものとして生まれ、驚かされる特別な時間。しかも彼の場合は作品や作曲家へのリスペクトはもちろん、紛れもない演奏技術とセンスを伴って。

今年のTOPPANホールでのリッテルは、ショパンのバラード全曲を1843年のプレイエルでどのように料理するのか、当日演奏会に足を運べない私自身本当に本当に聴きたくて仕方がありません。2023年の浜離宮朝日ホールでの彼のショパン《24の前奏曲》を中心とした演奏も忘れられないゆえになおさら。
また前半のプログラムも大変興味深いです。ベートーヴェン第1番のソナタ、メンデルスゾーンの《無言歌集》の後に、メンデルスゾーンの《厳格な変奏曲》に行くのかと思いきや、まさかのベートーヴェンにまた戻ってハ短調の変奏曲!《厳格な変奏曲》と類似した精神性を伴うベートーヴェンのこの変奏曲が、無言歌の後にどのような感覚で演奏されるのかも注目してみると面白いかもしれません。
さらに今年TOPPANホールにベーゼンドルファー・ジャパンから貸し出されることとなった1909年製のModel250のベーゼンドルファーの登場も期待出来ます。弾く人によって様々な表情を見せる繊細な銘器は、リッテルと共にどのような音楽を奏でるでしょうか。

最後になりますが、彼は音楽を離れた場面でも本当に魅力的で面白い人です。紳士的な品の良さと優しさを彼に会うといつも感じますが、ふと頭を見るとチャーミングな寝癖がよくあったりして、そんなナチュラルさゆえに一緒にいても落ち着きます。飛行機が大好きで、東京かどこかの都市でプラモデルを探しに行った話を嬉しそうにしてくれた彼の目は明らかに少年でした。音楽家としてだけでなく友人としても彼に出会えたことは本当に喜ばしいことだったと、彼に会う度に思います。自然体なのに上品で紳士的なのは、同じ人間という生き物として羨ましい限りです(笑)。

トマシュ・リッテル(フォルテピアノ)

2025/6/25(水) 19:00

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