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インタビューInterview

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若手音楽家がまなざす、芸術文化の本質と未来 トッパンホールプレスVol.110より

三浦一馬(バンドネオン) Kazuma Miura

山根一仁(ヴァイオリン) Kazuhito Yamane

岡本侑也(チェロ) Yuya Okamoto

進行=
西巻正史(トッパンホール プログラミング・ディレクター)
取材・文=
トッパンホール

2020年10月1日、トッパンホールは開館から20周年を迎え、演奏家をはじめ縁深いみなさまから、本紙やWebサイトへたくさんのお祝いメッセージを寄せていただきました。今回の記念企画では若手お三方にご登場いただき、強い意志と未来へのまなざしが感じられる座談のひとときをお贈りします。


今日は、ホールの開館20周年企画でお集まりいただきました。

一同: おめでとうございます!

これまで、特に挑戦的な企画をご一緒してきた若手の代表として、トッパンホールに感じていることここならではの面白さや大変さ、ホールについての評価や期待などをお聞かせいただけたらと思います。

三浦: トッパンホールの主催公演はどれも大変でしたが、面白かった記憶ばかりです。僕はいろいろなホールで弾かせていただいていますが、トッパンはいい意味でいちばん緊張するホール。ステージに上がったら逃げも隠れもできなくて、格式が高いというか、まさに「室内楽の殿堂」と評されるにふさわしい場所だと感じます。音響面においても、ステージでも客席でも、どんな楽器で奏でても、すみずみまでバランスよく、全部の音が手にとるように聴きとれる。弾き手のありのままが伝わる素晴らしさの反面、丸裸というか、綻びもそのまま露呈する怖さがあります。ですから公演には毎回、並々ならぬ覚悟と気合いで臨んでいますし、真剣勝負ができる場として感謝の思いも持っています。多忙ななかで忘れかけそうなものを、つねに思い出させてくれますね。

岡本: チャレンジ精神を忘れさせない存在という点は、僕も同じです。事前にホールで十分にリハーサルさせていただけることも大きい。空間の感覚がじっくりつかめますし、リハ中も必ずスタッフの方が見守っていてくださるので、曲とホールをマッチさせていく過程で、いろいろご相談しやすいです。ホールの空間を取り込みながら作品を仕上げていく、そういう音楽づくりがとてもしやすい環境で、どの本番も、いつもすごく楽しみに準備しています。

山根: ほとんど言われちゃいました(笑)。僕もおふたりと同じことを毎回感じています。それと最近改めて気づいたのですが、トッパンホールでのスタンスで別なホールにいくと、難色を示されることがある。プログラムとか、本番までの準備の仕方とか。意志を通したいタイプなので妥協しつつも粘るんですけど、一般的な「当たり前」とは乖離があるんですね。高校のころから定期的に弾かせていただいてきて、いつの間にかトッパンの基準が僕の基準になっていた。心から音楽を求める結果の姿勢だと感じるし、すごく学ばせていただいています。それが今の自分の礎になっていると思います。

三浦: トッパンホールはお客さまの文化というか、土壌が違う印象もありますね。懐が深いというか、どんなことをしてもついてきてくださる感じがあります。

山根: ホールが信頼されているんだと思う。一貫した姿勢が評価されてるというか。

岡本: 自分がある種のリスクを負ってでも攻めの姿勢で挑みたいときに、制作面だけでなくお客さまも、それをすごく後押ししてくれるホールですね。

三浦: 西巻さんの存在も大きいですよね。その時の奏者の立ち位置からでは遥か上に見えることでも、この人ならきっとできると、力を見抜いて信じてくれる。僕にとっては2019年のニューイヤー公演で弾いた《シャコンヌ》がそうでしたが、自分のレパートリーのひとつとして看板に掲げられる作品を持てたのは、西巻さんのおかげだと思っています。

そう言っていただけて嬉しいです。《シャコンヌ》は、7~8か月かけて準備してくれましたね。

三浦: あれは壮大な宿題でした。

山根: 《シャコンヌ》って、バッハの? 大変な曲だよね

三浦: ヴァイオリニストの前で語るのも(笑)。

山根: いやいや、聞かせてください。

三浦: バッハの無伴奏を何かやらないか、とお話をいただいたのが最初でした。膨大にある作品のなかで何ができるか、考えれば考えるほど分からなくなって。代表曲をいくつかご提案いただいたんですよね、確か。

ヴァイオリンの作品を何曲か提示したなかに、《シャコンヌ》を入れていました。そうしたら、せっかくなら最高峰をやりますってご自身でね。そこから大変でしたね。

三浦: 前代未聞の取り組みで、楽譜もないので自分で書き起こして。ヴァイオリンの原曲やオルガン、ブゾーニ版など全部見ながら、どうしたらMAXの表現ができるかと、相当いろいろ模索しました。

山根: いろいろな編曲を混ぜ合わせたの?

三浦: ほぼブゾーニ版を核にした編曲です。僕はちょっと変わり者でタンゴはあまり弾かないし、バンドネオンはもっぱらタンゴで使われるので、そうなると自分で編曲するしかない。ピアソラは弾きますが、“ピアソラ”というひとつのジャンルであって、タンゴとはまったく別物だと思っています。

山根: 以前トッパンで共演したときは、オルガンのイメージでコレッリの《ラ・フォリア》をやりましたよね。通奏低音を意識して。

三浦: 実は、バンドネオンはドイツで発明された楽器で、もともとはパイプオルガンの代わりに野外の儀式などで使われていました。

岡本: そうなんですか!?

山根: そういえば、ミュンヘンの近くにバンドネオンを制作しているところがあるって、聞いたことがあります。

三浦: いまやドイツ人ですら、バンドネオンが自国発祥だと知らない人が多いでしょうね。移民とともにアルゼンチンに渡って、そこで踊りの伴奏楽器として花開いちゃったから。でも僕は楽器としての可能性をすごく感じているので、もっと原点を踏まえた曲を演奏していきたい。もしそのままドイツで発展していたらって。バック・トゥ・ザ・フューチャーじゃないけど、そういうパラレルワールド的な歴史を自分なりに見ている感覚もあります。だからって、《シャコンヌ》がポピュラーに演奏されることはなかったと思うけど(笑)。

三浦くんの《シャコンヌ》にあたるものは、岡本くんだと《osm》だね。15分くらいの無伴奏で、ジャン=ギアン・ケラスが頭をかきむしるような曲を書いてって、藤倉大さんに委嘱しました。初演のケラスを凌駕するほどの演奏を聴かせてくれましたね。

岡本: ケラスさんが《osm》を初演したコンサートに、ちょうどブーレーズの《メサージェスキス》のメンバーとして参加していたので、初演を聴きましたし、リハの合間には譜面も見せてもらっていました。そのときはいずれ弾くことになるとは思いもせず、遠目に“大変だな”ってみてたんですけど(笑)。いざ取り組んでみたら、それまで弾いてきた曲と完全に次元が違う難易度で驚愕しました。そもそも楽章に分かれていない15分の現代曲が、そうそうない。それだけでかなりの集中力が必要です。フラジオレット(*1)の効果も、現代曲のなかでは珍しいぐらいたくさん、しかも巧みに使われていて。奏法の難しさが半端じゃなくて手では譜面がめくれないので、この曲のためにiPadと譜めくり用のペダルを買いました。

三浦: あれ、でも僕、同じコンサートで《シャコンヌ》を弾きましたけど、暗譜でしたよね?「信じられない!」って思った。

岡本: そうなんです。機材を揃えたはいいけど、手が空かないだけじゃなくて、ペダルを踏むわずかな動作すら大変すぎてできなくて。

三浦: そういう曲ですよね

岡本: それでもう、暗譜しかないって覚悟して。だからペダルを踏む動作のできる人をすごく尊敬します。

三浦: 僕は踏んでました(笑)。

山根: いやいや、暗譜はすごいよ。あのころミュンヘンで会ったときに「すごい大変な曲を暗譜してる」って聞いたのを覚えてます。トッパンのニューイヤーコンサートだっていうので、それは本当に大変だろうと慰労の気持ちが(笑)。

三浦: いまでこそGVIDO(グイド/ 2画面の楽譜専用端末)が使えますけど、紙の楽譜しかなかったときに12~13分めくる隙がない曲を演奏したことがあって、そのときは人生で初めて譜めくりをお願いしました。

岡本: 譜めくりさん、僕も考えたんですけど、でも合図をおくる隙もない。終始演奏に集中していないと音楽が止まる不安もあったし、そもそも演奏として成立させるまでがもう、本当に大変だったから。公演日の一か月前はかなり病んでました

三浦: 分かります!

岡本: でもあのハードルを乗り越えたことで、自分のなかでいろいろ変わった気がします。他の現代曲が怖くなくなりましたしね。《osm》は2/28の無伴奏リサイタルに入れたので今また取り組んでいますが、改めて勉強しなおしても、まだすごく鬼な部分がある。限界のその先の境地を求められる曲です。技術だけじゃなく、音楽的にもいろいろな可能性がまだまだある。フラジオレットのクリスタルな音色の魅力や、藤倉さんがどう思っていらっしゃるかは分かりませんが、朗々と歌う部分には日本的節回しも感じます。それで、ニューイヤー公演のときは黛敏郎《BUNRAKU》と組み合わせました。義太夫とまではいかなくても、そこに通じるものがあって、面白いし魅力的な曲だと思います。挑戦する機会をくださって、すごく感謝しています。

トレードマークのひとつになりましたね。

岡本: 実は、ミュンヘン音楽演劇大学の卒試でも弾いたんですが、先生たちが「何だこの曲は!?」って。シュテッケル先生のレッスンに初めて持っていったときには「ちょっと手に負えない」って言われましたし。

それはすごい! でも、そうだろうね(笑)。トッパンから生まれた作品を広げてもらって嬉しいです。山根くんとはかなりいろいろやってきたけど、どう?

山根: おふたりのように楽器の可能性として新しい扉を開いた、みたいなコンサートはないですけど、10代から20代、もう10年以上にわたって、成長のきっかけになる機会をたくさんいただいてきました。毎回、結構大変な宿題なので勉強の量も半端じゃないし、ソロ、室内楽、オケと編成もいろいろで、海外のすごい方と共演させていただいたり、素晴らしい出会いも多くいただいて、さっきもお話しましたけど、その全部が今の僕の礎になっています。

あえて思い出をひとつって訊かれたら、何を思い出す?

山根: トッパンホールがハタチって聞いて、そういえば僕、ハタチの誕生日はトッパンホールで本番でしたよね。

〈エスポワール〉で《四季》を弾いたときだね。

山根: あの日は朝、貧血起こして風呂場で倒れちゃって。目の上を切って結構流血して、人生で初めて救急車に乗ったのを思い出しました。サプライズでケーキまで用意して待っててくださったのに、何とか夕方ホールに入って、かんとか本番にたどりついた感じで本当、みんなに支えられたコンサートだったな

開演するまでハラハラだったけど、影響を感じさせずにやり遂げたよね。お客さまは熱狂されていて、目の上の絆創膏に気づいた方はほとんどいなかった(笑)。

山根: ニューイヤーの1曲目の途中で弦が切れて、最初から弾き直したこともありましたっけ。

ショスタコーヴィチね。チェロの暗ーい音でザワザワはじまった新年。

山根: 本番で弦が切れるって滅多にないんですけどね。トッパンホールでの公演は毎回、どれもすごく濃厚なので、「これだ!」ってパッとは選べないです。昨日も出演したばかりですけど、すごく面白かったし。あ、でもリクエストがある!

なんだろう。

山根: 夜までリハーサルして翌日午前中からまたリハのときは、宿泊したいです。楽屋でいいので。シャワーがあるし。

うちはリハーサルが多いからね。世の中が落ち着いたら、いずれ合宿も考えてみようか(笑)。

*    *    *

今後、トッパンホールでチャレンジしたいことはありますか?

岡本: 僕はまさに2月の公演がそうです。中2でのデビューリサイタル以来のオール無伴奏で、特別な想いで臨みます。プログラムは、自分が本当に弾きたいものを軸に、お客さまにも聴きやすく、でもエッジの効いたもので考えました。一回でOKをいただけると思わなかったんですけど、ありがとうございました。

よく考えられていて、岡本くんの意欲を感じる言うことなしのプログラムですよ。

三浦: 僕はレコーディングをしてみたいです。もし将来、無伴奏を録る機会があったら、まっ先にトッパンホールで録りたいとリクエストします。本当に素晴らしい音響です。いつまでも弾いていたいと思わせる、芳醇すぎる響き。横の壁のアレは

残響可変装置(*2)。

三浦: それをいつも調整してくださるので、リハとの差がなく本番に挑めるから怖くない。可能ならレコーディングでは装置を使わず、最高に豊かな音響で録りたいです! たぶん1割増しは上手くなる気がします(笑)。

岡本: あの装置は、本当に助かるよね。本番とのギャップがなくなって。

山根: 開けると、本当に音が変わるのが面白い。

三浦: 逆に言うと、日ごろコンサートのときに、リハと本番の音響の違いにどれだけ苦しんでいるかということですよね。

山根: 確かに、本番で精神的に一番ツライのはそれかも。

岡本: お客さまの人数によって響き方が変わりますからね。いまはどうなさってるんですか?

客席の収容率を50%に抑えているので、リハでの装置の角度も調整して変えています。

山根: トッパンホールは耳を澄まさせるような弱音でも、お客さまに音楽としてきちんと届くのが素晴らしいですよね。弱音が好きになったのはトッパンのおかげかな。

山根くんはうまく駆使していますね。少し前の話ですが、開館15周年シーズンのオープニングにイェルク・ヴィトマンがハーゲン・クァルテットと登場したときに、リハでヴィトマンが驚いて「そんな小さな音で弾くの?」って聞いたんです。ライナー・シュミットが自分のことのように自慢げに「ここはどれだけ小さく弾いても聴こえるんだよ」と答えて、隣ではルーカス・ハーゲンがニコニコしながら頷いていました。

山根: それは嬉しいですね。

それがきっかけで、ヴィトマンは「トッパン・ピチカート」という表情記号を生み出したんです。トッパンホールでしか聴き取れないほどの小さな音でピチカートする、という。

三浦: 「トッパン・ピチカート」、いいですね。いずれ「バルトーク・ピチカート」みたいに世に広まったらいいですね。

そうなったら嬉しいですね。

*    *    *

最後に、音楽家としてこのコロナ禍で感じていることをお聞きしましょうか。

山根: 僕は、ライヴのあり方を考えるきっかけになりました。最近、配信が増えていて、仕方ないと思うけれど正直僕は好きじゃない。ライヴの一番いいところって、お客さまが音楽を求めて会場に足を運んで音楽と向き合う、演奏家は自分の準備したものを最大限のパフォーマンスで披露する。その関係性が美しいと思うんです。それがオンラインだとパソコンの前で、携帯を見ながら、お菓子を食べながら、お酒を飲みながら見聞きする人もいるかもしれない。それは音を聴く時間にはなるけれど、コンサートとは呼べないと思うし、芸術の本質には絶対たどり着かないと思います。すべてのコンサートホールに対しても失礼だと思うし。“これがこれからのコンサートの形です”というふうになってほしくない。保守的な意見かもしれませんが

三浦: それは音楽をする身の誰しもが思うところでしょう。僕は3回ほどライヴ配信をしましたが、自分の想いがパァと出ていくだけで、音も気持ちのレスポンスも返ってこず、これを続けていたらダメになると思いました。日常が戻るまでの繋ぎであってほしいです。

岡本: まったく同意見です。聴き手との心の繋がりがまったく感じられないので、どこに向かって弾けばいいのか分からなくなる。

三浦: コメントのタイムラインを見ながら演奏するわけにもいかないからね(笑)。

山根: 嫌だ~。

岡本: そもそも、演奏会はお客さまと一緒につくるという意識があります。聴き手側も演奏者の空気感を感じるのにオンラインだと限界があるでしょうし、本質から離れてしまうので、そこはすごく残念に思います。別物として楽しむなら、いいかもしれないけれど。

三浦: このあいだ、嵐の活動休止前最後のコンサートのニュースをたまたま見たら、5人が「みなさん、ありがとう!」って盛り上がっているのに、広い会場はシーンとしていて、他人事に思えず切実に感じたし、ちょっと虚しくもなりました。

山根: この先、機材や技術がますます進化して、将棋の世界みたいにAIが登場してコンクールを審査するようなことになったら絶対に抗わないといけない。そのころは僕らおじいちゃんになっていて、“いまの若者は”って言っているかも知れないけど(笑)。

三浦: これだけたくさんのエンタメがあふれるなかで、原始的なことを生業としているからこそ、他では得られない満足を届けることが、僕らの使命だし責任だと思います。落語家の先代円楽さんに印象に残っている言葉があって、「落語なんてものはこの現代には必要のないものなんだ。それを悟られるなよ」って。弟子によく言っていたそうなんです。最先端の時代のなかで最高の古典芸術をやってみせる。僕らのやっていることにも通じると感じます。

頼もしいですね。これからも一緒に、いろいろな挑戦をしていきましょう。

(2021年1月)

*1弦を強く押さえずに軽く触れて倍音を出す奏法。倍音奏法。

*2客席内の残響を調整する装置。両側の壁面上部に開閉式のパネルが設置されており、開くと音が吸われて残響時間が短くなり、閉じると長くなる。最大90度開けると、空席時でも満席時に近い音響が再現される。

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