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インタビューInterview

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クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲースの写真©大窪道治

ドイツ語通訳・蔵原順子さんが語る
「ディクションの美しさに魅せられて」
トッパンホールプレスVol.128より

クリストフ・プレガルディエン(テノール) Christoph Prégardien

ミヒャエル・ゲース(ピアノ) Michael Gees

取材・文=
トッパンホール

ドイツ語通訳者として、世界の名だたるアーティストや音楽関係者から絶大な信頼が寄せられる、蔵原順子(くらはら・かづこ)さん。そのフィールドは広大で、通訳、翻訳からG7など重要な国際会議や、ときにはスポーツの中継での同時通訳も務め、広い見識に裏打ちされた正確な訳は、政治から文化まで多くのコミュニケーションの現場を支えています。トッパンホールでもこれまで数度にわたり、フォーレ四重奏団の公開マスタークラスなどでその見事な手腕を奮っていただき、アーティストとお客さまの素晴らしい橋渡しをしてくださいました。そんな蔵原さんは一方で、音楽を心から愛し、アーティストに敬意を寄せる、熱心な聴き手でもいらっしゃいます。
そしてトッパンホール主催公演のなかで、特にお越しを欠かさないのが、プレガルディエン&ゲースのコンサート。今回は、来たる5月の彼らの公演を前に、ドイツ語のプロフェッショナルである蔵原さんに、ドイツ歌曲の真髄を届け続けるふたりの魅力を語っていただきました。


私は音楽の専門家ではありませんし、ずっと、人の言葉を通訳する人生ですので、自分の言葉で何がお伝えできるかしらと思うのですが、絶対的な“推し”であるプレガルディエンさんとゲースさんについてということで、少しお話してみたいと思います。

最初に私とドイツ語について触れておきますと、生まれは日本ですが、父の仕事の関係で8歳からしばらく、ドイツで暮らしていました。ある程度日本語が身についた状態で新たな言語を学ぶことになったのは、いま考えればいいタイミングだったのかも知れません。帰国後も独逸学園で学びましたので、日本語もドイツ語も私にとっては同じように自然でした。通訳の仕事は、学生時代のアルバイトからはじまり、言葉がわかれば通訳ができる、という簡単なものでは当然ありませんでしたけれども、何かしら、仕事が私を選んでくれたのでしょうか。ずっとこの仕事を続けています。

プレガルディエン&ゲースを初めて聴いたのは、2015年です。マーラーの《子供の魔法の角笛》がプログラムされていたので、興味を惹かれました。おふたりのことは寡聞にして存じ上げなかったのですが、トッパンホールの企画は信頼がおけますし、なにより《角笛》が好きなのです。ドイツのマザー・グースとも呼ばれる民衆歌謡詩集で、ドイツで暮らしていたころには、昔の飾り文字のような字でテキストが印刷されて、挿絵が白黒の切り絵だったか版画だったかで入っていた、真四角の本が家にあったのを覚えています。

そうして聴いたプレガルディエンさんの歌唱でしたが、「――ドイツ語が聞こえる!!!!」それは、息を呑むような衝撃でした。「ドイツ語のオペラとか歌とか、全部わかっていいわね」と時々言われますが、とんでもない。字幕があるとありがたいくらいです。ですので、第一声から本当に驚きました。言葉が、すべて筆記できるほど美しく耳に届いてくる。ドイツ歌曲自体はそれまでも聴いていましたが、ネイティヴの歌の上手な人でもテキストがちゃんと聞こえるかというと、そうではない。歌はそれくらい難しいのでしょう。でも、プレガルディエンさんの歌は、言葉がその中身まで伴って自然に意識に滑りこんできたのです。確かシェイクスピアが「薔薇は、たとえどんな名前で呼ばれても甘く香る」と書いていたと思いますが、やっぱり甘い香りは“甘い”という単語じゃないと甘い響きはしないですよね。プレガルディエンさんは、ディクション(*)が驚くほど明晰で、言葉を内面化し、音楽と一体にした表現でとても自然に歌を差し出されるのです。恣意的なことが一切感じられず、発語の秘密を知りたいと、その後もずっと聴き続けていますが、いまだに謎は解明できません。

クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲースの写真2クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース/2015年5月(©藤本史昭)

かたやゲースさんのピアノも、最初に聴いたときから何かが違いました。いわゆる歌伴とはまったく異なり、歌と一緒に言葉と意味とを紡ぎだしているのがとても伝わります。以前、朝日新聞のおふたりへのインタビューを通訳させていただいたときに、プレガルディエンさんが「ゲースとなら、そのたびに違う解釈で表現できる」という趣旨のお話をなさっていましたが、おふたりはその都度、セッションしながら瞬間瞬間のステージを生き、いま生まれた音楽として、歌を聴かせてくださっているのだと思います。

今回は、いわゆる愛唱曲集のような趣の二夜ですよね。深い森や夜の闇、長く重苦しい冬など、独特の気候や環境に育まれたドイツらしい文化の気配が、タイトルからだけでも立ちのぼってくるようです。詩と音楽が一体になった歌曲芸術の真髄は、言葉とその本質が聴き手に届けられなければ、本当には味わえないと思います。それぞれに稀有な音楽家であるプレガルディエンさんとゲースさん、おふたりが紡ぐ宝物のような音楽に触れられるのは、幸福そのものであり、奇跡とすら感じます。5月のステージが待ち遠しいばかりです。

*diction[仏]:特に音楽で、歌曲などの詞の発音のしかた

〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~クリストフ・プレガルディエン(テノール)&ミヒャエル・ゲース(ピアノ)

―シューベルト・アーベント

2024/5/22(水) 19:00

―リーダー・アーベント

2024/5/24(金) 19:00

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